黒沼健氏のノストラダムス物語2009/03/07 13:34

先日、渡辺一夫氏のノストラダムス論を紹介したからには、黒沼健氏のノストラダムス物語も言及しておかないと片手落ちだろう。ウィキペディアの黒沼健の項を見ると、「「予言者ノストラダムス」を、日本に最初に紹介した人物である。」と記されている。きちんとしたソースがあるのかと思いきや、『奇人怪人物語』(河出文庫、1987年12月4日初版)の最後にある志水一夫・編「黒沼健略年譜」258頁を参照したに過ぎない。「これは恐らく(翻訳を除く)日本人の手による最初のノストラダムスの紹介だと思われる」とあるように確定された事実として扱っていない。ところが『予言物語』(河出文庫、1987年9月4日初版)251頁の解説には「例のノストラダムスの"大予言"を最初に日本に紹介した人としても、よく知られている」とし、渡辺氏よりも「やはり先生が最初であることには間違いないらしい」と既成事実化してしまっている。

ちょっと待ってほしい。確かに『歴史読本臨時増刊'75-12占い予言の知恵』114頁にこうある。

私がノストラダムスの『紀元七千年にいたる大予言』を読んだのは、1935年、第二次世界大戦が風雲急を告げて、欧米からの最後の郵便物が届いたときである。このときに読んだもので、戦後出版されたノストラダムスの解説書には載っていないものがある。フランス王の運命が予言されているという図形と、世界戦争の勝利者を決定するという図形である。(中略)
私にとってノストラダムスに執着のあるのは、戦後最初に書いた原稿ということにもある。

ここでいう解説書が、1927年に出版されたピエール・ピオッブの"Le secret de Nostradamus et de ses celebres propheties du XVIe siecle"(ノストラダムス、或いは16世紀の有名な予言者の秘密)であるのは確実である。何故なら黒沼氏が転写した図形二点は、ピオッブの本94頁のFig.12と13と一致している。ちなみに『世界の予言』(八雲井書院,1970)157頁にもはじめて読んだノストラダムスの話があり、それに基づく10-72の解釈を紹介している。

"恐るべき王から空から"といったら、当時の人々の物の考えかたでは、飛行機による空襲としか考えられなかった。ところが、戦後5年ほどたったとき、はからずも『ノストラダムスの偉大なる予言』という文章が目についたので、もう一度読み直してみた。

これは前述のピオッブの本142頁にある解釈を要約したものである。『謎と怪奇物語』(新潮社版、1957年12月5日発行)に収録されている「七十世紀の大予言」における1999年に関する文章は、ヘンリー・ジェームズ・フォアマンの"The story of prophecies in the life of mankind"(人類の生涯の予言物語、1936,1940)をそのまま転用している。ちなみに戦後5年ごろに見た本というのはロバーツの"The complete prophecies of Nostradamus"と考えられる。『未来をのぞく話』(新潮社、1962年7月31日発行)106頁に「最近では、1949年に刊行されたヘンリー・C・ロバーツのものが、説明が簡潔で、誤りが少ないといわれている。」とあるからだ。同書によると、「七十世紀の大予言」を書いたときは、1939年に入手したジョン・コブラーの解説書を底本として使ったという。

この本は未だに確認できていないが、レオニーの文献リストのNo.67にある"John W. Cavanaugh. Notre Dame; or Michel de Nostradamus"(ノートルダム、或いはミシェル・ド・ノストラダムス、1923)が該当するようだ。「七十世紀の大予言」の冒頭の部分は、この本の転用ではないだろうか。微かな裏付けもある。志水氏が『予言物語』252頁で書いているように、黒沼氏が知っていてあえてノストラダムスの名前に「ド」を入れたわけではなく、参照した本の表記を採用したというのが正解であろう。後に『歴史読本臨時増刊'75-12占い予言の知恵』のようにミシェル・ド・ノートルダームと修正したものがあるのは事実である。「七十世紀の大予言」は、果たして黒沼氏が戦後最初に書いた原稿なのだろうか。恐らく違うと思う。

新潮社の物語シリーズは1954年(昭和29年)から執筆し始めた「オール読物」の連載をまとめたものなので、これ以降の作品と考える方が無理がない。黒沼氏が戦後最初に書いた原稿は、ご本人がいうようにノストラダムスに関するものだったかもしれない。であるならば、いつどこで発表されたものか、どのような内容であったか、きちんと裏付けを取らなければ、日本で最初にノストラダムスを紹介したとは言い切れないのではないだろうか。

棋王戦第三局は佐藤が勝って1勝を返す2009/03/08 21:53

http://www.niigata-nippo.co.jp/kiou/34kiou/
休みの日のタイトル戦のネット中継はありがたいが、一日中見ているわけにはいかない。朝、昼、夕、夜とこまめにチェックした。この一局に敗れるとタイトルを失い無冠になる佐藤は背水の陣で臨んだことだろう。対する久保は今期成績は勝ち星、対局数トップと好調であるが、ここらで目に見える結果がほしいところ。順位戦の昇級を逃して朝日杯決勝で敗れ、NHKでも本日準決勝で羽生に敗退。そしてカド番に追い込んだ棋王まで逸すると今期何も残らなくなる。2連勝と有利ではあるが5番勝負では0-2からの逆転は結構ある。できれば今日3連勝で決めてしまいたいというのが本音であろう。後手番の久保はやはり頼れる相棒のゴキゲン中飛車を投入する。これに対し佐藤が2筋の交換後▲2三歩を打つ展開となる。

31手目▲4一角と打って一目先手が良さそうだが3一の銀を取らせるのが久保の構想。その後の流れを見ると先手は竜ができたが後手も馬を作り容易ではない。先手の陣形はペタンと平たいだけにどこから手をつけるかと盤面を見ていると、57手目▲2二銀と虎の子の銀を打ったのには驚いた。打ってさらに一手かけて香車を取るものの銀がまったく働かない。やむを得ず先手は2筋にと金を作るが1筋と2筋のと金の連係が悪く、その間に後手に捌かれてしまいそう。しかし指しているのは佐藤、しっかり速度計算ができているのだろう。89手目▲3三金と角を手にして先手は大きな駒得となり、あとは後手の反撃を凌げば自然と勝利につながる。

92手目△6五桂もすごい迫力である。後手玉に詰めろがかからないだけに時間の短い将棋では受け切るのは大変である。自分の実戦だったら間違えてしまい、勝ち切れないだろう。しかし佐藤の指し手は正確無比。最後は詰みなしを読み切り、勝ちを決めた。全体の印象をいえば形に捉われない佐藤らしい力強い指し回しだった。次は久保の先手。新石田流の新手▲7五飛を再度投入するのだろうか。今度は佐藤も研究しているに違いない。どうなるか注目である。

ノストラダムス論集を夢想する2009/03/09 23:52

『澁澤龍彦 書評集成』468頁には『幻想のラビリンス』の序文が載っている。ネットで検索してみると、1987年に出版された澁澤氏監修の「日本幻想文学大全」上下巻である。この序文を読むと、日本の幻想文学のアンソロジーで明治以降戦前の19篇、戦後の18篇がセレクトされている。今昔物語を入れ込むとは発想が柔軟である。これを読んでノストラダムスもののアンソロジーについて思いを巡らせた。文字通りのアンソロジーには『ノストラダムス秘録』 (扶桑社ミステリー)があり、予言集の四行詩をテーマに書かれた短編集である。日本の学術的なノストラダムス論集といえるのが、岩波の『ノストラダムスとルネサンス』でこのブログでも少し紹介している。海外で論集といえるのが、2000年に出版された"Nostradamus traducteur traduit"(ノストラダムス、翻訳された翻訳者)であろう。

ここでは様々な言語でのノストラダムス論が収録されている。フランス語論文はクリスチャン・バリュ、ジャクリーヌ・アルマン、ミシェル・ショマラ、ミレラ・コネンナとアンナ・フィレンツ、マルチン・ブラコップのもの。他にもフランス・ド・ラエットがオランダ語で「深夜、秘密の書斎に座り・・・」、ピーター・ラメジャラーが英語で「英語でのノストラダムス、翻訳か裏切りか」と非常にバラエティに富んでいる。もしも自分がノストラダムス論集をセレクトするとすればどんな感じになるだろう。タイトルは『ノストラダムス論集―実証的研究の幕開け―』で予価3500円、限定2000部(?)。内容は、なかなか一般には手に入りにくい初期の実証的研究を含むノストラダムス論文の翻訳、その後に現代的な視点で光を当てた解題、そうそう冒頭にはオリジナル論文の1頁目の写真も挿入しておきたい。

さて収録する肝心の論文のほうはウィキペディアを参照すると、(1) メルキュール・ド・フランス(1724) (2) フランソワ・ビュジェ(1860) (3) クリンコヴシュトレム(1913)が前半。後半には (4) ユージン・パーカー(1923) (5) エドガール・ルロワ(1941) (6) ウジェーヌ・レー(1968)あたりが最有力か。まあ、企画そのものはまず商業ベースに乗るはずもなく出版社がつくこともないだろう。でもこんなノストラダムス論集があったら是非ほしいのになあと夢想してみた。

大型書店で本を3冊購入した。そのテーマは?2009/03/10 23:45

久しぶりに立ち寄った大型書店で本を3冊購入した。気がつくと偶然にも同じテーマに行き着いたのだが、次の3冊の本に共通する事項は何であろうか。これが直感で判れば貴方も立派なマニアと認定差し上げよう。まずは第一ヒントである1冊目。

1) 立木鷹志 媚薬の博物誌 青弓社 2006年
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4787232606.html
「媚薬」で書名を検索すると131件になる。澁澤氏流にいうと、万人をを引き付ける、エロティックな心地よい響きのする言葉なのかもしれない。えっ、これだけじゃ全然判らないって。それはその通りである。では第二ヒントの2冊目を挙げる。

2) マーガレット・B・フリーマン 遠山茂樹訳 西洋中世ハーブ事典 八坂書房 2009年
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4896949250.html
この本は最近出版されたばかりの新刊書。ペラペラとページをめくると、最初の40頁ほどはカラー図版が続いていて見ていて飽きさせない。その後も15世紀の木版画など図版が豊富で薬草に関する蘊蓄は非常に興味深い。もう薄々お判りになったのではないか。最後のヒントの3冊目。

3) カミュ 宮崎嶺雄訳 ペスト 新潮文庫 1969, 2009年
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4102114033.html
カミュは言わずと知れた、世界的に有名なノーベル文学賞作家である。この大作『ペスト』はフランス国内はもちろん、世界的な反響を喚び起し、確固たる地位を築いた古典である。さて、共通点はもうお判りだろうか。

- どうせノストラダムスでしょ。
- まあ、そうなのだが、もう少し具体的に・・・。
- 薬草の記述やペストの治療について書かれているのは、確か『化粧品とジャム論』という本でしょう。日本でも少しずつ引用されたことがある。
- それでほとんど正解なのだが、もう少し正確にいうと『化粧品とジャム論』1556年リヨン版ということになる。

それは何故か、『化粧品とジャム論』は16世紀に何度か再版されているが1556年版の第1部18章「本物の媚薬の調製法。ウェヌス神の崇拝者が古代人の愛の行為に用いていたもの。」が翌年出版されたアントウェルペン版では、どういうわけだかカットされている。よって3冊の共通点は『化粧品とジャム論』リヨン版ということになる。まだ入手していないが最近ミシェル・ショマラ出版よりこの本のファクシミリが刊行されたと聞いた。ショマラの重厚な解説が見どころであるが、手に入るまでにこれら3冊の本で少しでも基礎知識を身につけておきたいと思う。

王将戦第六局と中原十六世の引退2009/03/11 23:06

http://mainichi.jp/enta/shougi/
王将戦第六局の棋譜を見ようと上のサイトに接続したところ、トップ記事で中原十六世名人の現役引退が報じられていた。病気でずっと休場してリハビリを続けていたが、対局ができる状態まで回復できなかったという。米長に続いて中原もついに引退、時の移り変わりの早さに唖然とするばかりである。一方、最年長の有吉九段が若手の昇級候補を破り、降級点を回避して来期の現役続行が決まった。一時代を築いた名棋士たちにも、やがてそれぞれに棋士人生の晩節が訪れる。73歳現役棋士が50歳以上違う若手を負かすというのは、本気を出せばまだまだやれると自信になったことだろう。やはり内弟子で修業をした世代は鍛え方が違う。昇級を逃した若手は悪い巡り合わせだったが、それよりも大先輩の引退をかけた対局はきっと将来の財産となるはずだ。

さて、王将戦第六局は、後手の深浦が4手目△3三角戦法に出た。羽生からしてみれば想定される作戦のひとつであろう。ところが四間から中飛車に振り直したのが深浦の研究手順なのか、まったく前例のない形へと進んでいく。序盤の一手一手が長考の応酬となり、結局34手目までしか進まなかった。桂頭を狙われているタイミングで26手目△3六歩が瞠目の一手。どう応じても後手は好所に角を打つことができる。これに対して▲5九金右も予想だにしない手。本譜のように△4四角から後手の香得となったところで形勢判断はどうなのだろう。後手にも桂頭の傷があるのでバランスが取れているのか。封じ手の局面は単純に二択である。▲4四飛と飛車を切って馬を消すか、一旦は▲3三歩成として桂得しておくか、だ。

後者は盤面に馬が残るので先手の玉側の香車がない分長引けば後手が優位に立てそう。よって馬と刺し違えるしかないのだが▲4四飛△同歩▲3三歩成△同金に▲1六角と打ってみたい。こうして序盤からチャンチャンバラバラの展開は見ている分には面白いが、対局者はものすごく神経を使う。少しのミスがあっという間に敗勢につながってしまう。もしかすると明日は早く終わるかもしれない。