サンチュリ9-44の「l'aduent」について2021/09/03 00:43

ノストラダムスの大事典の「詩百篇第9巻44番」で4行目のl'a ruentについて解説を行っている。ここの原文は1568年版予言集のギナールA版に基づいている。注記1の中で「1568年の4行目 l'a ruent は1568Xのみ r が不鮮明。rが反転した l'a ɹuent のようにも見える。」とあるが実際には「d」のかすれた文字であることが判明した。1568年版の系譜はかなり専門的な話であるが、特に9-44のこの部分の検証するといろいろなことが見えてくる。ギナールのいうように1558年に出版されたであろうテクストを受け継いだのが1568Xである。この版本の標本は「CF B.GRASSE: RES 12597」(1568-002)、「ABDIJ VAN PARK BIBLIOTHEEK, HEVERLEE: AJI/15」(1568-002a)、KUNGLICA BIBLIOTEKET, STOCKHOLM: 142 F(1568-003)、B. GRENOBLE: T 81 RES (第2部のみ)(1568-003a)にある。(カッコ内はマリオのサイトの識別番号)このうちグラス市立図書館とストックホルム王立図書館の標本の電子データがマリオのサイトで閲覧可能である。高画質のデータが手元にある。


おそらく同じ組版で印刷されたのだろうが、グラスのものはストックホルムと比べると活字が全体的にかすれている。これは何度か印刷を重ねることで活字が摩耗でへたっていったことを示している。オリジナル版で「l'aduent」で組まれた活字が印刷の段階でかすれてしまい「d」の文字が見えづらくなったのだ。この見えづらい「d」をそのまま活字にしようとしために(実際には天地逆さまにして)1568Xを引き継いだ1568A(リヨン市立図書館 RES 811 007)に見られる「 l'a ruent」という不自然な綴りになったのである。


これがその後に出版されたブノワ・リゴーの1568Bや1568Cに引き継がれていった。ただし1568Yでようやく「l'aduent」という本来のテクストに戻っている。1590年にカオールで出版されたルソー版はかなり忠実に1568Xを復元しているが、この部分は正しいテクストに直されている。1597年頃に出版されたブノワ・リゴーの後継者版でも「l'aduent」となっている。画像の比較はマリオのサイトで確認することができる。予言集の版本の系譜についてはギナールのサイトを参照のこと。


現存している最古と見られるストックホルム王立図書館のサンチュリ9-44のテクストに焦点を当てると、「d」という活字が3カ所に見られ、おあつらえ向きにかすれ具合が段階的に変化している。仮に(1)、(2)、(3)とラベリングすると活字がきれいなほうからかすれたほうになる。(グラス市立図書館の標本でも同じ傾向が見られる)同一の四行詩に用いられている活字は同一の規格のものと見ていいだろう。そして(1)と(3)を重ね合わせると見事に一致する。もちろん(2)と(3)の重ね合わせでも同様である。とりわけ拡大してみると「d」の下の丸みを帯びた部分がピッタリ一致している。こうした分析によっても本来の正しいテクストが「l'aduent」であると判別することができる。16世紀末に印刷されたブノワ・リゴー系統の予言集はテクストの校訂の際に、こうしたことを念頭に置いて修正したのだろう。個人的には1568Xこそがノストラダムス予言集の第二部の校訂の際のベースのテクストになりうると考えている。


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