イギリス王室の予言2023/01/21 22:29

『発禁版「シン・都市伝説」大全 知ってはいけない! あのニュースの黒幕&陰謀スペシャル』一見ワンコイン本かと思ったら定価880円だった。昨今の円安の影響か、いろいろなものの物価が上昇しており、ワンコイン本にも価格転嫁の波が押し寄せたのか。表紙を見ると「ノストラダムス「2023年の大予言」とは?」というクレジットが見られる。19世紀のフランスのアルマナックにノストラダムスの名前をつけて枕詞付けしたのと同じようなものか。時代は変われど人の考えることはそう変わりはないのである。本のタイトル通り都市伝説のお話が次々と登場する。物事をいろいろな角度から見るという点では面白く読めた。198頁には「エリザベス女王の死去を的中させ「ノストラダムスの大予言」が復権」とある。そのなかでマリオ・レディングが2005年に発売した本で、「イギリスのエリザベス女王が2022年頃母親の生涯より5年短い96歳あたりで死去するだろう」と解釈した箇所がある。確かに昨年エリザベス女王が亡くなりチャールズ国王が王位を継承したということではレディングの解説は当たったといえる。しかし、ここの部分だけ見てノストラダムスの予言(レディングの解釈)の信憑性を取り戻したとはいえないだろう。2023年の予言として取り上げているのはやはり詩百篇4-100で断片的な引用を行っている。「7ヶ月の大きな戦争があり、悪魔の所業によって人々が死ぬ」「天からの炎が王宮に降り注ぐ」というのを英デイリースター紙などの複数の海外メディアが伝えているとしている。
エリザベス女王の逝去を予言したというマリオ・レディングの"Nostradamus The Complete Prophecies for the Future"未来への完全予言(2006)が手元にある。頁数は340頁。Google Booksで検索してみると、最初の版は1999年で244頁。次に2006年、その後2010年版は368頁、2016年版は444頁の拡張バージョン。2006年版を入手したのは2006年9月、価格は1773円で紀伊国屋のウェブサイトで購入したもの。購入した当時はそれほど精読した記憶もなく年代と予言が並んでいる目次を眺めた程度だったかもしれない。イギリス王室の予言を見て、当該箇所を確認してみた。

この本の構成は項目、日付、四行詩の原文と英訳、予言解釈とサマリーとなっている。2022年の項目には、「英国王位継承」と「イギリスのチャールズ三世の退位」とある。エリザベス女王の逝去した後にチャールズ国王が王位を継承するのは自然であるが退位するというのはどういうことだろうか。詩百篇6-72にはこうある。

 神の感情の激しさを装って
 偉大なる者の妻はひどく不当な扱いを受けるだろう。
 裁判官はそのような教義を非難することを望む。
 犠牲者は無知な民衆の生贄となる。

チャールズ皇太子とその妃であるカミラ・パーカー・ボウルズは、チャールズ皇太子の母であるエリザベス二世の死後、憲法上の危機に直面することになる。この危機を引き起こすのは、伝統的に君主を頂点とする英国国教会である。国から干渉されることなく、自分たちのことは自分たちでやりたいと考えるゼネラル・シノッド(総主教会)は、二人の市民結婚式に対する攻撃に基づいて危機を仕組むだろう。法的には、この攻撃は根拠がなく、判決はカップルに有利になるであろうが、プロレタリアートの力(すなわちメディアを通して)を使うことによって、ゼネラル・シノッドはその方法を得るであろう。関連する指標となる日付は、次の四行詩によって与えられる、2022年[10-22]であり、この予言は続く。(同書97頁)

そして次の詩百篇10-22はこう書かれている。

 離婚を反対されたから 
 後に彼らがふさわしくないと考えた人物 
 民衆は島の王を追い出すだろう 
 王になることを予期していなかった男が王に取って代わるだろう

この四行詩は、イギリス国民にとって驚くことではなく、大きな意味を持つ。まず、2022年頃、エリザベス2世が母親の寿命を5年縮めて96歳で亡くなるということ。チャールズ皇太子がエリザベス女王に代わって戴冠し、「諸島の王」となり、母が治めていた世界の他の地域(カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなど)の王では無くなるということである。- その間に共和国となる。チャールズ皇太子は2022年に74歳で王位に就くが、ウェールズ王女のダイアナ妃との離婚後、英国国民の一部から恨まれていることは今も続いている。そのプレッシャーは非常に大きく、年齢的にも不利なため、チャールズは息子のために退位することに同意する。問題は、どのような人物かである。最後の行で、ノストラダムスは「王になることを予期していなかった男が王に取って代わるだろう」と非常に重要なことを述べているからである。つまり、父親の跡を継ぐと期待されていたウィリアム王子は、もはやその姿を現さないということか。そして、既定路線でハリー王子が代わりに王になるということなのだろうか。そうなると、ヘンリー9世は38歳という若さになってしまう。(同書99頁)

しかし、現実にはチャールズ国王が2022年に退位したという事実はなく、さらにハリー王子は2020年に王室メンバーから引退し、北米で生活するようになった。最近ではハリー王子の回顧録『SPARE』という暴露本が出版されベストセラーになっている。レディングが本を執筆した時点では予想もできないことが次々と起こり、上の解釈が現実になるとは考えづらい。

そもそも2022年の少し前の予言を見ると、2020年は「ローマ教会分裂後」、2021年は「フランス南部でのテロ事件」「島の誕生」「ハリー王子の父子関係」であり、当たったと思われるものは何もない。たまたまエリザベス女王の逝去の年が的中したのが話題になっただけ。2023年以降の予言に興味のある方はインターネットで簡単に入手できるが期待外れに終わるだろう。

2023年の予言2023/01/15 14:49

毎年、ノストラダムスの大事典では「20XX年の予言」について綿密に分析した記事を執筆しているが、今年はお忙しいとのことでまだ記事は発表されていない。この手の予言はインターネットや実話ナックルズに毎年年末に出る予言話のツマのようなものでまともなノストラダムス論というわけではない。ちなみに2022年の予言を見返してみると、「闇の3日間」をモチーフにした予言が取り上げられているがもちろん人類の3分の2が滅亡することなんてなかった。ノストラダムスの予言のなかに「闇の3日間」を取り込んだシナリオは、今からさかのぼって1972年のイタリアのA.ボルドベンの著書『Dopo Nostradamus(ノストラダムス以後)』に見られる。手元に英訳本と独訳本があるし何度も再版されている。日本でも浅野八郎が『世界の奇書101冊』(1978)でその一部を紹介したことがある。ボルドベンの本は、日本で『ノストラダムスの大予言』(1973)がベストセラーになる以前のもので、英語圏でエリカ・チータムの本(1973)、フランスのフォンブリュヌの本(1980)が話題になる前の論である。1970年代はノストラダムスの予言を他の予言者の予言と複合的に取り扱ったものが流行っていた。フランク・スタッカートの本(1978)にも同じような傾向が見られ「闇の3日間」が取り上げられている。そんな古い話がボルドベンからちょうど半世紀を経て取り上げらたというからネタ切れともいえるだろう。

さて昨年も年末に「実話ナックルズGOLDミステリーVOL.9」がコンビニに並んだ。ノストラダムス自体はすでにブームが去り、過去のイベントに追いやられているので、表紙に「2023年人類滅亡の序曲」とあっても眉唾物として受け取られるだろう。それを娯楽として楽しむ分には問題はない。みんなが気になるのはウクライナ情勢が今後どうなっているのかだろう。軍事専門家でもいろいろな意見があるようだし、ノストラダムスの予言集のなかにそれに該当するような箇所はなかったのでなんともいえない。と、思っていたら詩百篇4-100を取り上げている。

天の火が王家の建物へと
マルスの光が衰えるであろう時に
7カ月の大いなる戦い 呪いで死んだ人々
ルーアンもエヴルーも王に背かないだろう

著名なノストラダムス研究家によれば、これはロシアとウクライナに起因する、より大きな第三次世界大戦の序章を示している」と解説されているが、もちろんロシアもウクライナの地名も出てこない。マルスをロシアを指しているとすれば「ロシアの栄光が衰えた先に、「大いなる戦い」が起こる」そうで2023年が危険な年になるという。そもそもノストラダムスがロシアについてどの程度の知識を持っていたのか立証することは難しい。同時代人でノストラダムス自身が参照したことが確実であるリシャール・ルーサの本では、スキタイ人とロシア人の同一性を主張しているが現代の視点ではそのような記述は誤りとされる。スキタイ人は主に現在のウクライナと南ロシアに相当する地域に住んでいた。こうした背景からすると、ノストラダムス自身がウクライナ戦争を思い描くという構図は成り立ちにくいだろう。インターネットで検索してみると、上の解釈は'High' Nostradamus warned about WW3 by God and space thanks to 'angelic spirit'に見られ、その日本語版は、【またまた・・】ノストラダムス2023年に「第三次世界大戦」を予言か!?謎のメッセージが話題になるのだろうか。この2023年の予言も今年の年末になれば結果が判明する。的中しないことを祈るばかりである。

なお、4-100のソースとして、ユリウス・オブセクエンスの『Prodigiorum libel』驚異の書が指摘されている。

C. Furnio C. Silano coss. [A.U.C. 737 / 17 B.C.]
71. Sub Appennino in villa Liviae, uxoris Caesaris, ingenti motu terra intermuit. Fax caelesti a meridiano ad septentrionem extenta luci diurnae similem noctem fecit. Turris hortorum Caesaris ad portam Collinam de caelo tacta. Insidiis Germanorum Romani circumventi sub M. Lollio legato graviter vexati.

アペニン山脈の下、シーザーの妻であるリヴィアの村で、大地は途方もない動きによって破壊された。南から北に伸びる天の光が、夜を昼のように輝かせた。コリーヌ門にあるシーザーの庭園の塔は天から触れられた。ドイツ人の陰謀に囲まれたローマ人は、公使M. ロリウスの下で深刻な嫌がらせを受けた。

伝染病や戦争ノルマンディの陰謀の前兆として、宮殿に雷が落ちることを示していると思われるが、これを実際の光景に当てはめるには受け手側に豊かな想像力が求められることだろう。

ヴォルスキとウィルス2021/09/14 23:49

ノストラダムスの大事典百詩篇第6巻98番を読んで気になった部分があったので忘れないうちにメモしておこう。この詩の解釈については新型コロナウイルスの記事のなかでも触れられているが指摘するか迷っていたことを覚えている。気になったのは次の箇所の論の進め方である。

飛鳥昭雄は、劇症化した溶連菌(溶血性連鎖球菌)感染症や、エボラ出血熱を引き合いに出した流れでこの詩を解釈した。そして、ヨーロッパの侵略(これが人によるものなのか病原菌による比喩なのか、明示されていない)と、猛威を振るう疫病とに関する詩とした*11。
 この解釈を極端な方向にエスカレートさせたのが、歴史予言研究会のコンビニ本(2008年)で、「ヴォルスキという言葉を組み替えるとウイルスとなる」と主張し、エボラウイルスをはじめとする凶悪なウイルスが人類を滅亡に追い込むのではないかという解釈を展開した*12。

飛鳥昭雄の『ノストラダムス恐怖のファイナルメッセージ』は1999年の刊行、『2012年地球崩壊の驚愕大予言』は2008年に出たので「この解釈を極端な方向にエスカレートさせた」というのは、そうかと読めば特に問題とは思えない。しかし、コンビニで販売された予言関係の本は大概は過去の解釈本の切り貼りであることが多い。「ヴォルスキという言葉を組み替えるとウイルスとなる」という与太話はこの本が初出というわけではない。エボラ・ウィルスによる人類滅亡の危機について、平川陽一の『ノストラダムスの大予言 21世紀への最後の読み方』(1996年)186-187頁にこう記されている。

人類滅亡の刺客は、エボラ・ウイルスだった

とてつもない恐ろしさをもってヴォルスキ災厄が到来する
彼らのとてつもない都市は染まり、悪臭を放つ
太陽と月を略奪し、彼らの寺院を汚す
そして二つの川は流れる血で赤く染まる
(『諸世紀』第六巻-98番)

ノストラダムスが予言したように、まさに「とてつもない恐ろしさをもってヴォルスキ災厄が到来する」のである。ヴォルスキ災厄とは、アナグラムによって、ウイルスと組み換えることも可能だ。

こうしてみると『2012年地球崩壊の驚愕大予言』の記述はこの部分を参照したのは間違いないだろう。ちなみに飛鳥の訳文はこれとは違う独自訳である。四行詩が5行になっているのは原文まま。(88頁)

ヴォルサイ族の壊滅 未曾有の戦慄
彼らの大きな都市は 業病で汚される
太陽と月は略奪され
彼らの寺院は崩壊する
二つの流れは流血で赤く染まるだろう
(未来記 第6章 98)

飛鳥はエボラウイルスとこの詩を結びつけているが、Volsquesがウイルスのアナグラムといっているわけではない。そのため『2012年地球崩壊の驚愕大予言』の解釈が飛鳥説をエスカレートさせたものというのは少々的外れではないかと思う。単に1996年のノストラダムス解釈本の焼き直しでその後に出現したSARSのような新たなウィルスを組み入れたということだろう。もちろんのこれらの解釈本を今頃取り上げて比較検討したところで特に意味のあることではない。ちなみにロシアのペンゼンスキーによるこの詩の注釈をメモしておく。

ウォルスキはティレニア海までのリリス川の両岸に住んでいたラティウム地方の古代イタリアの部族である。「大都市」とは、かつてウォルクスの地に囲まれたローマのこと。テヴェレ川とリリス川(Liris、現ガリリャーノ川)の2つの川があり、月と太陽とは銀と金を指すと見られる。


クロケット本の謎のフランス語版2021/09/04 20:13

ノストラダムスの大事典の「Nostradamus' Unpublished Prophecies」が更新されている。そこでクロケット本のフランス語版、スペイン語版、ポーランド語版が紹介されている。クロケット本は他にも1997年に刊行された韓国語版もあるようだがそのタイトルは『ノストラダムスとファティマの予言』となっており、邦訳『ノストラダムスの極秘大予言 併録・ファティマの封印予言』(1991、大陸書房)からの翻訳なのかもしれない。この記事を見て手元にアーサー・クロケットの本の謎のフランス語版があったのを思い出した。この機会に備忘録として書き残しておこう。

ノストラダムスの大事典にも記事があるが、フランス語版としては1984年に出版された「L'histoire prodigieuse Les Propheties Inédites de Nostradamus d'Artur Crockett.」(アーサー・クロケットによる 驚きの物語、ノストラダムスの未発表予言)、(以下アリストン版と記す)が一般に知られている。WorldCATの書誌情報によると、 Arthur Crockett(アーサー・クロケット)とともに Charles Narbonnet (シャルル・ナルボネ)なる人物の名前も著者に名を連ねている。原書には特にこの名前は見られないがフランス語訳の訳者なのだろうか。保管場所としてはリヨン市立図書館のみがリストに上がっている。また原書に予言詩の表記がないにも関わらず、登場する四行詩のレビューを記載しているのが目につく。随分まめに調査したものと思う。

この本はオンラインで検索してもヒットするが、実はもう一つのクロケット本の謎のフランス語訳「L'histoire secrete Propheties Inedites de Nostradamus par Arthur Crockett」(アーサー・クロケットによる 秘密の物語、ノストラダムスの未発表予言)が存在する。この本には書誌情報がどこにも書かれていないのでそのバックグランドは不明であるが仮にリング版と呼ぶことにする。リング版は以前紹介した1983年版と同様に製本はプラスチックリングで99頁の私家版といった装丁である。さらにページのなかに封書が挟み込まれていた。封書には手書きで Les propheties noires de Nostradamus(ノストラダムスの暗黒予言)と書かれパンフレットが入っている。その内容は英語版にあった一枚ペラのフランス語訳かと思いきや実に意外な構成であった。


リング版は原書に忠実に翻訳されているがアリストン版とは全く異なるフランス語訳で、四行詩も英語版からのフランス語訳だが当然リング版とアリストン版は異なっている。レイアウトもまったく違うし、本のサイズはリング版がひとまわり大きい。アリストン版は72頁なのにリング版は99頁(520g)で多少ずっしり感はある。アリストン版には目次はないがリング版には英語版同様に目次が載っている。リング版は目次の項目が仕切りページとして挿入されている。見出しや詩の部分はアリストン版は英語版と同じようにアンダーラインされているがリング版は太字になっている。アリストン版は箇条書きの箇所には英語版と同じようにナンバリングされているがリング版はナンバリングはなくアスタリスクである。

アリストン版に見られるノストラダムスのイラストはリング版ではなかに挿入されており、部分的に切り取ったものが使われている。それぞれのイラストは英語版のものを転用しているがアリストン版とリング版では挿入ページがまったく違っている。つまりリング版はアリストン版をまったく参照することなく独自に編集しているのである。リング版は1983年の英語版の原書(手元にあるのはHealth Reserchのもの)が出版された直後に試訳として制作されたものと推測される。そのあとでアリストン版が出版されたと考えるのが無理がない。もちろんアリストン版を知っていながらそれをまったく無視して制作した可能性もないとはいえない。

さて気になるパンフレットの中身であるがこれは週刊誌の袋とじのような感じで付されたものだろうか。リング版をざっと読み進めていくと最後の部分、マザー・ジプトンに言及した前の文章がそっくり抜け落ちているのに気づいた。邦訳でいえば39頁から44頁の部分にあたる。そしてまさにこの部分がパンフレットに移されているのだ。時の終わりの予言という一番の肝の部分は後のお楽しみといった感じなのだろうか。ちなみにリング版には暗黒予言のフランス語訳は載っていない。


参考までに、一例としてサンチュリ1-48の英語版、和訳、アリストン版、リング版を転記しておくので比較されたい。いずれも英語版をもとに翻訳されたものである。そのためフランス語訳はいずれも1-48のオリジナルの原文とは異なっている。

Twenty years after the reign of the moon passes,
Seven thousand years another will hold his monarchy,
Then the sun takes his weary days,
Then is my prophecy accomplished and ended.(原書、英語版65頁)

月の統治後二十年が過ぎると、
別の月が七千年間支配し、
そののち太陽がその力を失うとともに、
わが予言は成就し、終わる。(『ワンダーライフ1999年5月号』75頁)

Vingt ans après que le règne de la lune soit passé,
Sept mille ans un autre maintiendra son pouvoir,
Puis le soleil emportera ses jours las
Alors ma prophétie est accomplie et terminée.(アリストン版70頁)

Vingt ans après que ne finisse le regne de la Lune
Sept mille années pendant lesquelles un autre
Puis, le Soleil aura ses jours de fatigue
Puis, ma prophétie s'accomplira et se terminera(リング版パンフレット)

サンチュリ9-44の「l'aduent」について2021/09/03 00:43

ノストラダムスの大事典の「詩百篇第9巻44番」で4行目のl'a ruentについて解説を行っている。ここの原文は1568年版予言集のギナールA版に基づいている。注記1の中で「1568年の4行目 l'a ruent は1568Xのみ r が不鮮明。rが反転した l'a ɹuent のようにも見える。」とあるが実際には「d」のかすれた文字であることが判明した。1568年版の系譜はかなり専門的な話であるが、特に9-44のこの部分の検証するといろいろなことが見えてくる。ギナールのいうように1558年に出版されたであろうテクストを受け継いだのが1568Xである。この版本の標本は「CF B.GRASSE: RES 12597」(1568-002)、「ABDIJ VAN PARK BIBLIOTHEEK, HEVERLEE: AJI/15」(1568-002a)、KUNGLICA BIBLIOTEKET, STOCKHOLM: 142 F(1568-003)、B. GRENOBLE: T 81 RES (第2部のみ)(1568-003a)にある。(カッコ内はマリオのサイトの識別番号)このうちグラス市立図書館とストックホルム王立図書館の標本の電子データがマリオのサイトで閲覧可能である。高画質のデータが手元にある。


おそらく同じ組版で印刷されたのだろうが、グラスのものはストックホルムと比べると活字が全体的にかすれている。これは何度か印刷を重ねることで活字が摩耗でへたっていったことを示している。オリジナル版で「l'aduent」で組まれた活字が印刷の段階でかすれてしまい「d」の文字が見えづらくなったのだ。この見えづらい「d」をそのまま活字にしようとしために(実際には天地逆さまにして)1568Xを引き継いだ1568A(リヨン市立図書館 RES 811 007)に見られる「 l'a ruent」という不自然な綴りになったのである。


これがその後に出版されたブノワ・リゴーの1568Bや1568Cに引き継がれていった。ただし1568Yでようやく「l'aduent」という本来のテクストに戻っている。1590年にカオールで出版されたルソー版はかなり忠実に1568Xを復元しているが、この部分は正しいテクストに直されている。1597年頃に出版されたブノワ・リゴーの後継者版でも「l'aduent」となっている。画像の比較はマリオのサイトで確認することができる。予言集の版本の系譜についてはギナールのサイトを参照のこと。


現存している最古と見られるストックホルム王立図書館のサンチュリ9-44のテクストに焦点を当てると、「d」という活字が3カ所に見られ、おあつらえ向きにかすれ具合が段階的に変化している。仮に(1)、(2)、(3)とラベリングすると活字がきれいなほうからかすれたほうになる。(グラス市立図書館の標本でも同じ傾向が見られる)同一の四行詩に用いられている活字は同一の規格のものと見ていいだろう。そして(1)と(3)を重ね合わせると見事に一致する。もちろん(2)と(3)の重ね合わせでも同様である。とりわけ拡大してみると「d」の下の丸みを帯びた部分がピッタリ一致している。こうした分析によっても本来の正しいテクストが「l'aduent」であると判別することができる。16世紀末に印刷されたブノワ・リゴー系統の予言集はテクストの校訂の際に、こうしたことを念頭に置いて修正したのだろう。個人的には1568Xこそがノストラダムス予言集の第二部の校訂の際のベースのテクストになりうると考えている。