1967年ボードレール版ノストラダムス予言集 ― 2007/11/25 23:45
http://www.geocities.jp/nostradamuszakkicho/
sumaruさんのノストラダムス雑記帳の書誌情報は日本語で読めるノストラダムス文献の情報としては随一である。様々なビブリオグラフィーを参照しているので自分の知らない有益な情報も多い。そのなかでちょっと気になる文献があった。1978年Prodifu版ノストラダムス予言集は手元にあるのだが、文献情報にある編者のアンリ・セルティニやギ・ド・ヴァルニの名前は本のどこにも載っていない。さらに内容も百詩篇補遺までで中途半端に終わっていて雑記帳に書かれているような六行詩と予兆詩は含まれていない。この情報はどこから来たものだろうか、ちょっと不思議に思っていると備考にS6の再版と考えられる、とあった。
そのS6にあたる1967年Baudelaire版ノストラダムス予言集が本日手元に届いた。それまでの疑問を解消すべく早速中身に目を通してみると、確かに本の作りはよく似ている。ただし、Baudelaire版は巻頭にノストラダムスの版画に加えてサンレミのノストラダムスの泉の写真が追加されている。決定的な違いはProdifu版には載っていない六行詩や予兆詩が省略なく掲載されていることだ。Prodifu版が先達の版を転写する際に何らかの事情で最後の部分をオミットしてしまった印象を受ける。さらに注意深くテクストをチェックすると1967年に出版されたセルジュ・ユタンのものをそのままコピーしているのに気づいた。
補遺のところの解説もそのまま転写してしまったのでユタンの本にある「序文に書いているようにシャルル・ルノウ-プルースの著作より借用した」というのをそのままの表記で使っている。確かにユタン本では序文のところで言及しているがBaudelaire版にはノストラダムス学者の章があるにも関わらず特段プルースへの言及はない。ブナズラはBaudelaire版についてセルジュ・ユタンの著作の再版としているが、実際には予言集のテクスト部分をそのまま転用したに過ぎない。少しはすっきりした感じだ。
sumaruさんのノストラダムス雑記帳の書誌情報は日本語で読めるノストラダムス文献の情報としては随一である。様々なビブリオグラフィーを参照しているので自分の知らない有益な情報も多い。そのなかでちょっと気になる文献があった。1978年Prodifu版ノストラダムス予言集は手元にあるのだが、文献情報にある編者のアンリ・セルティニやギ・ド・ヴァルニの名前は本のどこにも載っていない。さらに内容も百詩篇補遺までで中途半端に終わっていて雑記帳に書かれているような六行詩と予兆詩は含まれていない。この情報はどこから来たものだろうか、ちょっと不思議に思っていると備考にS6の再版と考えられる、とあった。
そのS6にあたる1967年Baudelaire版ノストラダムス予言集が本日手元に届いた。それまでの疑問を解消すべく早速中身に目を通してみると、確かに本の作りはよく似ている。ただし、Baudelaire版は巻頭にノストラダムスの版画に加えてサンレミのノストラダムスの泉の写真が追加されている。決定的な違いはProdifu版には載っていない六行詩や予兆詩が省略なく掲載されていることだ。Prodifu版が先達の版を転写する際に何らかの事情で最後の部分をオミットしてしまった印象を受ける。さらに注意深くテクストをチェックすると1967年に出版されたセルジュ・ユタンのものをそのままコピーしているのに気づいた。
補遺のところの解説もそのまま転写してしまったのでユタンの本にある「序文に書いているようにシャルル・ルノウ-プルースの著作より借用した」というのをそのままの表記で使っている。確かにユタン本では序文のところで言及しているがBaudelaire版にはノストラダムス学者の章があるにも関わらず特段プルースへの言及はない。ブナズラはBaudelaire版についてセルジュ・ユタンの著作の再版としているが、実際には予言集のテクスト部分をそのまま転用したに過ぎない。少しはすっきりした感じだ。
コメント
_ sumaru ― 2007/11/27 23:03
_ 新戦法 ― 2007/11/28 23:31
sumaruさん
コメントありがとうございます。
確かによく見ると、セルティニとヴァルニの名前はありました。見落としてました。どこにあったか。「ノストラダムスによる我々の未来」のタイトルのところでした。つまり予言解釈による1970年以降のシナリオの注釈部分だけはこの二人に依るというもので、予言集のテクストの編者という扱いではないようです。じゃあ前半にある過去の有名な予言の解釈は誰が親筆したのかといえば、そこには誰の署名もありませんでした。(^^;
コメントありがとうございます。
確かによく見ると、セルティニとヴァルニの名前はありました。見落としてました。どこにあったか。「ノストラダムスによる我々の未来」のタイトルのところでした。つまり予言解釈による1970年以降のシナリオの注釈部分だけはこの二人に依るというもので、予言集のテクストの編者という扱いではないようです。じゃあ前半にある過去の有名な予言の解釈は誰が親筆したのかといえば、そこには誰の署名もありませんでした。(^^;
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ただ、セルティニとヴァルニの名前がどこにもないとのことですが、はじめのほうに彼らの名前つきの「Note」とか、ありませんか?CNPではそれがあるかのように書かれているので、多分、著者名として挙げられているのはそのせいではないかと思うのですが・・・。