アルフォンシン・テーブルとノストラダムス2008/04/26 22:42

ノストラダムスRGではいろいろな資料を探し出して情報提供してくれる。こちらは日本語圏の悲しさで提供できるものがないのは残念なのだが。最近アルフォンシン・テーブルに関するウィリアム・モルガンの小論がアップされた。アルフォンシン・テーブルとは、アスティリャ‐レオン王国のアルフォンソ十世の命によって作成された天文表。1248年から1272年にかけてアラビア人とユダヤ人とキリスト教徒の学者たちが手がけた。アルフォンシン・テーブルは時代を経て、1525年から1575年の間にヨーロッパで見られる日食と月食のリストが1524年ヴェニスで印刷された。パリでは1545年と1553年に出版されたという。そのリストがオッポルザーやシュロテルとの比較とともに掲載されている。

ブランダムールの『占星愛好家ノストラダムス』221頁の「1540年春の二つの蝕」には関連した四行詩3-4と3-5を引用している。そこには4月と3月の間に「二つの大きな光体の消滅」すなわち日食と月食があると書かれている。ノストラダムスの同時代でいえば1540年3月23日にヨーロッパの最東部で月食、同年4月7日にはバルカンとヨーロッパの南東部で日食が見られた。他にも507、1010、1270、1661、1679、1912年の年代の可能性を上げつつも1540年を妥当とする。蝕についていえばブランダムールの本の脚注にも前述のオッポルザーやシュロテルが再三引用されている。アルフォンシン・テーブルは16世紀末まではヨーロッパで最も人気のあった天文表であった。

ノストラダムスもアルフォンシン・テーブルを手元に置いていたのではないかと思われる。しかし1540年の日食はリストに載っているが、どういうわけか月食のデータが見られない。ノストラダムスの月食や日食に関する予言テクストのソースはどこにあるのだろう。ラメジャラーはそれをミラビリス・リベルとしている。なお8-15にも「二つの食」という表現が見られ、日食と月食を指すとされる。エクリプスに関する記述が象徴的なもので、「時」を意識したのでないのなら、1999年8月の日食を予見することは甚だ難しそうである。