恐怖の大王=日食説の変遷を追う2008/04/28 22:42

ノストラダムス予言集、百詩篇10-72に登場する「恐怖の大王」を日食とする解釈は、ドイツの解釈者に綿々と受け継がれてきた。日本で最初にこの説を紹介したのは金森誠也氏である。クルト・アルガイヤーの『現代的解釈によるノストラダムスの大予言、2050年までの予言』(1982)103頁にある「天に現れる恐怖の大王とは中世の言葉の慣用句で日食のこと」で1999年8月11日の日食という新説を1983年雑誌『ム-』に書いている。筆者が初めて取り寄せたドイツ語の注釈書はアイレンベルグ・クラウスの『ノストラダムスの予言による解読された未来、解釈された過去』(1981)なのだが、その220頁を見ると欄外に「恐怖の大王」の注記として「宇宙に関係した、日食の古典古代風の隠喩」とある。

クラウスは、この四行詩を二つの大きな出来事を暗示していると見る。中国の大帝国がアジアとヨーロッパを従える。それと同時に地上の気候状況が変化して天体によって世界に闇が訪れる。そこからアンリ二世への書簡、レオニ版24節に書かれた日食と10月の異変とリンクしている。確かに4行目の3月(マルス)から7ヵ月を足すと10月と読めないこともない。ちなみに日本で最初に1999年の詩を取り上げた黒沼健氏も同様の解説をしていた。ドイツでポピュラーな注釈書であるツェントゥリオ博士の『ノストラダムス予言世界史』(1977)が日食説の先駆とされる。同書56頁には「恐怖の大王」が1999年8月11日11時8分に起こる今世紀最大の日食を指すもので16世紀において人々はこういった宇宙の出来事を全人類に対する危機と見ていた、とあるが、アルガイヤーのように慣用句とは言っていない。

もっともアルガイヤーは『明日、それは現実となるだろう』(1981)の46頁では、10-72と1999年8月11日の日食とを関連付けしているが恐怖の大王を日食とは書いていない。同年出たクラウスの説を翌年の自著で転用した可能性が強い。もともと1999年の詩と日食を結びつけたのはクリステャン・ヴュルナーの『ノストラダムスの神秘』(1926)と思われるが、ここでも特に恐怖の大王=日食と注釈しているわけではない。単に1999年の7月29日に皆既日食が起こると述べているだけだ。こうして見るとヴュルナー~ツェントゥリオ~クラウス~アルガイヤーといった流れで微妙に解釈を拡大することで「恐怖の大王」=日食が慣用句という定説を築き上げてしまったとしか思えない。