西洋中世奇譚集成 東方の驚異2009/06/30 23:42

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逸名作家 池上俊一訳 西洋中世奇譚集成 東方の驚異 講談社学術文庫 2009年5月 を読んだ。最近出たばかりの新刊書である。従来のように既出の教養書を文庫化したものではなく、著者が西洋中世奇譚集成シリーズという野心的な取り組みとして上梓された。『皇帝の閑暇』に続く第二弾となる。プレスター・ジョンについて以前に本ブログでも話題になったことがある。その背景は『幻想の東洋』に詳しい。本書は実際にこの謎のキリスト教国王に関する手紙を翻訳してくれる。1章の「アレクサンドロス大王からアリストテレス宛の手紙(ラテン語)」は豊かな想像力から湧き出た冒険ファンタジー物語のような印象を受ける。少々古いが昔のテレビ番組の水曜スペシャルに登場した人気者、川口浩探検隊を何となく思い起こした。

2章と3章は「司祭ヨハネの手紙」のラテン語ヴァージョンと古フランス語ヴァージョンである。つまりインドのキリスト教国を支配するプレスター・ジョンから西方の皇帝に宛てた書簡という体裁を取っている。これを読むとある種の理想郷のように受け取れる。もちろんジョンは実在しない王であるが、こういった書簡を真実と受け取って返信の書簡をたずさえて幻の王国を探した使者も後を絶たなかったようだ。書簡が成立したのが12世紀頃というから、難行苦行であった十字軍遠征の際に、ヨーロッパの人々に夢と希望を与えたことだろう。仮に自分たちにもしものことががあったとしても遙かインドのほうから力強い後方支援が期待できるという精神的な支えとなったに違いない。この伝説は大きな人気ぶりを見せたそうで各国で多くの翻訳も生まれ、様々なヴァージョンが付け加わった。

西欧中世世界では東方のアジア世界は13世紀半ばまでは「まったき想像の世界、ファンタジーの貯蔵庫、欲望の発散地」となっていく。逆にこういった伝説をひも解くことで「それぞれの時代における西欧世界の隠された顔を映し出す鏡」を見ることができる。本書はそれを実際のテクストで示してくれるが、正直なところ、手紙の内容があまりに冗長過ぎて少々飽きてしまった所もあったことを付しておく。