ノストラダムス関連のリヨン書誌2009/06/28 22:50

先ごろノストラダムスの手稿について書いた後で久しぶりにこの本を本棚から引っ張りだしてみた。ミシェル・ショマラが1973年に出版した"Bibliographie lyonnaise des Nostradamus, suivie d'un inventaire des manuscrits relatifs a la famille Nostradamus"(ノストラダムス関連のリヨン書誌、ノストラダムス家に関連する手稿目録を含む)という小冊子である。頁の割り付けがないのでめくって数えてみると20頁の分量しかない。ショマラが最初にノストラダムスの書誌に関する本を出したのは1971でその2年後となる。出版元はcentre culturel de buenc(ビュアン文化センター)とあり、展示会でのパンフレットなのかもしれない。奥付によると150部しか刷られなかったようで手元の本には78のナンバーが付してある。

奇しくも日本でのノストラダムスの第一次ブームと同時期にノストラダムスに関するまともな書誌研究がフランスで発表されたことになる。こういった本場の研究が日本でもっと早く紹介されていたら第二次ブーム以降のサブカルチャーは成立しなかっただろう。今の視点で見るとその内容には不完全な部分も多いのだが、当時は先行研究も乏しい中でできるだけ情報を網羅的に盛り込もうという苦心の跡が見られる。内容は二部構成で、第一部にはノストラダムスの著作に関する印刷物の書誌が来る。内容的には1971年のものとさほど違いはない。書誌の最初には伝聞情報により1552年Jean Pullon de Trin ?の『化粧品とジャム論』初版が置かれている。その後で暦書、予言集、ガレノス釈義、偽ノストラダムスの作品が続く。

主な著作の表紙が載録されているのも嬉しい。書誌の最後に来るのが1830年Guyotによる出版物なのが少々意外な感じだ。そして第二部ではノストラダムス家の人たちの手稿と保管場所のリストが掲載されている。その中にはミシェル、アンドレ、セザール、ジャン、ジャック、一族のものが2頁にまとめられている。こういった手稿に関する研究は他で見ることはない。3年後に補遺が出版されているが手元にないので参照できない。手稿の内容についてもう少し情報があったらと思う。