アンリ二世の書簡に見る日付の意味 ― 2009/09/03 00:41
http://www.nostradamusresearch.org/en/debate/14031557.htm
ノストラダムスRGのメーリングを見ると、久しぶりにベルケルのニュースレターが入っていた。ノストラダムス予言集の第二部の序文として置かれているアンリ二世への書簡のなかに1557年3月14日という日付が出てくる。新着の論文では、その日付にどういう意味があるのか、どういった背景があるのかを探っている。原文はベルケルの英訳を参照するとこんな感じか。「1557年3月14日の現在を起点に、1585年と1606年を考慮に入れても大半は必然的に起りうる、都市、場所、地域と年代について書き記しておきたい。じっくりと計算したところ、第七の千年紀の始点に近いところで起る出来事までのはるか遠くに至り・・・」ここではノストラダムスが己の予言の及ぶ期間について言及している。
単純に書簡の聖書クロノロジーを読み取ると七千年紀の起点は1826年。セザールへの序文と百詩篇1-48からは2240年となる。ここらに整合性の難しさがあるのだが、ベルケルはこの年代がユダヤ暦の6000年に対応するとしている。ユダヤ暦は紀元前3760年が元年で創造の時とされているので、なるほど数字合わせはピタリと合う。序文では、ルーサの著作にある聖書年代5199年とトリテミウス周期との組み合わせで七千年紀と期限(有名な3797年は1555+2242)を記述している。一方書簡では七千年紀の始点を予言の期限としている。septiesme millenaireという表記はユダヤ暦で考慮した可能性が高い。そうすると先ほどの1826年は実は2240年(1533+353.4*2)であることがわかる。
これはルーサの記述「月がその通常の運行(354年4ヵ月)を完成するため7086年8ヵ月まで支配を握り、その後太陽が支配を握る(p95)」をそのまま転用したのが明らかである。書簡の4173年8ヵ月の意味がどうかとなるが、これに序文の3797年を足し込むと7970年で8000年に近づくに整合するか。数字の組み合わせでいろいろな意味が引き出されるが果たしてノストラダムスの真意はどこにあったのか。
ノストラダムスRGのメーリングを見ると、久しぶりにベルケルのニュースレターが入っていた。ノストラダムス予言集の第二部の序文として置かれているアンリ二世への書簡のなかに1557年3月14日という日付が出てくる。新着の論文では、その日付にどういう意味があるのか、どういった背景があるのかを探っている。原文はベルケルの英訳を参照するとこんな感じか。「1557年3月14日の現在を起点に、1585年と1606年を考慮に入れても大半は必然的に起りうる、都市、場所、地域と年代について書き記しておきたい。じっくりと計算したところ、第七の千年紀の始点に近いところで起る出来事までのはるか遠くに至り・・・」ここではノストラダムスが己の予言の及ぶ期間について言及している。
単純に書簡の聖書クロノロジーを読み取ると七千年紀の起点は1826年。セザールへの序文と百詩篇1-48からは2240年となる。ここらに整合性の難しさがあるのだが、ベルケルはこの年代がユダヤ暦の6000年に対応するとしている。ユダヤ暦は紀元前3760年が元年で創造の時とされているので、なるほど数字合わせはピタリと合う。序文では、ルーサの著作にある聖書年代5199年とトリテミウス周期との組み合わせで七千年紀と期限(有名な3797年は1555+2242)を記述している。一方書簡では七千年紀の始点を予言の期限としている。septiesme millenaireという表記はユダヤ暦で考慮した可能性が高い。そうすると先ほどの1826年は実は2240年(1533+353.4*2)であることがわかる。
これはルーサの記述「月がその通常の運行(354年4ヵ月)を完成するため7086年8ヵ月まで支配を握り、その後太陽が支配を握る(p95)」をそのまま転用したのが明らかである。書簡の4173年8ヵ月の意味がどうかとなるが、これに序文の3797年を足し込むと7970年で8000年に近づくに整合するか。数字の組み合わせでいろいろな意味が引き出されるが果たしてノストラダムスの真意はどこにあったのか。
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