名人戦は森内が勝って永世名人が目前に2007/06/02 11:01

http://www.mainichi-msn.co.jp/entertainment/shougi/
三日前に突然インターネットがつながらなくなった。いろいろ調べてみるとADSLのモデムが正常に作動しておらずホストとの接続が出来なかったよう。ようやく復旧したので毎日のページにアクセスしてみると名人戦第五局の棋譜がアップされているのに気づいた。以前は対局が終わってしばらくしてからの公開だったはずだが多少は改善されたようだ。少々記事が古くなってしまったが、郷田の封じ手は攻撃を続行する▲4四歩、森内が素直に△同歩と応じると郷田は飛車を捌いていった。しかし銀桂の参加のない形では少々動きすぎの感もあり拠点の歩を金で払われては作戦失敗と言わざるを得ない。

そして62手目後手が△5九角と打ったところでは先手敗勢に見える。そこから飛車を切ってしまったのは森内の踏み込みの良さと思えるがどうだったんだろう。飛車と交換した金が6九の地点に残ってしまっているのは非常に感触が悪い。それでも先手玉を単騎で引っ張り出せば実戦的には先手の勝つ姿が見えない。後手を攻めるにしても駒を渡せないのがつらい。その後の展開は正直いってわけがわからない。毎日の観戦記で確かめたいと思う。最後は郷田が形作りの攻めを見せて98手目△8五飛で投了。投了図以下は▲8四金と合い駒しても△9三飛でただで取られてしまうので指す手がない。

全体を見ると森内の完勝譜。郷田は作戦の選択を誤ったといっていい。本人のコメントでも認めている。次局は森内の先手番。郷田にとっては厳しい状況に追い込まれたが力を出し切って踏ん張ってもらいたい。

ジャン・シャルル・ド・フォンブリュヌの著書2007/06/04 22:12

1981年、ローマ法王ヨハネ・パウロ二世の狙撃事件とフランス社会党政権の誕生をノストラダムスが見事に予言した―というふれこみでブームを起こした『歴史家・予言者たるノストラダムス』の著者ジャン・シャルル・ド・フォンブリュヌ。当時のブームについては日本でも週刊ポストで取り上げられたし、お堅い図書新聞でも「恐怖の市場」としてフランス国内の反響を紹介している。(1981年10月31日号)この本は『新釈ノストラダムス』というタイトルで講談社より邦訳が出たし、五島勉著『ノストラダムスの大予言Ⅳ』では痛烈な反論を展開した(的外れなものが多かったが)。本場フランスで出版された批判本、エリザベート・ベルクール著『裏切られたノストラダムス』まで訳出されたりとそれまでマニアックだったこの業界(?)に新風を送り込んだ。

あれからもう26年経った。その間もフォンブリュヌはこまめにノストラダムス本を出版し続けた。最新刊は2006年に出版された『ノストラダムスにより予言された歴史470年、1555年-2025年』で562頁にも及ぶ分厚い大著である。本に付いている帯には「世界的流行病、戦争、飢饉...破壊されるパリとローマ...イスラム原理主義の終焉...ブールボン朝の復興...世界的な平和」とある。恐怖を売り物にした手法は相変わらずである。内容も過去の成就予言の注釈から第三次世界大戦の予告、疑わしい六行詩のテクストの引用ありとまったく変わり映えがしない。

ノストラダムスの予言を史実に当てはめ、予言から未来の出来事を推理するといった解釈手法は日本でも一時主流をなしたが、現在は実証的な研究が進んでおりこういったアプローチは少なくなっている。直感的解釈の大家で一時代を担ったフォンブリュヌ―これからもノストラダムス本を執筆し続けるのだろうか。

ちょっと古いビジネス書を2冊読み終えた2007/06/05 22:45

ほとんど流し読みではあるがビジネス書を2冊読んだ。

笠巻勝利 最新版営業管理職の戦略ノート―この「チェックシート」で売上目標が達成できる! PHP研究所 2001年
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?KEYWORD=%8D%C5%90%56%94%C5%89%63%8B%C6%8A%C7%97%9D%90%45%82%CC%90%ED%97%AA%83%6D%81%5B%83%67

浅江季光 IT時代の「課題達成型」目標管理 産能大学出版部刊 2000年
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?KEYWORD=%49%54%8E%9E%91%E3%82%CC%81%75%89%DB%91%E8%92%42%90%AC%8C%5E%81%76%96%DA%95%57%8A%C7%97%9D

いずれも出版から5年以上経っており内容的には多少時代遅れのところがあると思われるがそのエッセンスに変わりはない。最初の本は実に細かいいろんなパターンのチェックシートを載せている。サブタイトルに「売れない時代に売るための89の処方箋」とあり、営業マンが実際に応用できるものも少なくない。いわゆる手持ちの情報の棚卸しということから見れば多少は役立つだろう。

二番目の本は経営管理スキルの中核をなすビジネスツールといえる。当時に比べると現在はさらにIT化が進んでいるためより重要になるだろう。こういった考え方のバックグランドにアルビン・トフラーの『第三の波』があるというのは興味深い。確か学生時代にこの本を読まされてレポートを書いた記憶がある。そのころは情報革命といってもピンと来なかった、が今日のインターネットや携帯電話全盛時代を見ると感慨深いものがある。まさしく炯眼であったといえる。

本日は棋聖戦第一局 佐藤康 vs 渡辺2007/06/09 01:14

http://www.sankei.co.jp/shogi/shogi.htm
ここ二日ばかり出張で家を空けていたが、昨日帰宅して連盟のページにアクセスしてみると王位戦の白組プレーオフの結果が出ていた。西の将棋王子(山崎)と東の将棋魔王(渡辺)の若手ライバル対決は渡辺に軍配が挙がり、赤組優勝の深浦と挑戦者決定戦を戦うこととなった。渡辺は棋聖戦に続くタイトル挑戦のチャンスである。それにしても驚くのは渡辺のブログ(http://blog.goo.ne.jp/kishi-akira)での自戦解説の素早さである。勝っても負けてもきちんと翌日にはポイントの局面を丁寧に解説している。もちろんこれは義務なんかではなく渡辺がファンサービスの一環として無料で提供している情報である。

対局の少ない若手棋士が自分の指した将棋をブログで解説するというのならわかるが、渡辺はタイトルホルダーであり対局も重要なのが目白押しである。これが今までずっと続いてきているので当然ファンも当たり前のように要求してしまう。けれどもタイトル戦が続くとその前後は移動に取られるし、順位戦もB1組は局数が多く、しかもNHKの講座の収録もある。これだけ忙しくなってくると毎回自戦解説するのもだんだん辛くなってくるのではと想像する。もちろん将棋ファンとして更新を期待したいのはやまやまであるが、老婆心ながら少し負担を軽減して対局に専念したほうがいいのではと思う。まあそんな心配も軽く吹き飛ばすのが若さの特権なのかもしれないが。

佐藤棋聖との棋聖戦五番勝負は一日制のスピーディなタイトル戦。ネット中継もあるようなので注目してみたい。

ノストラダムス、イスラム西欧間の黙示録的戦争2007/06/09 23:35

http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/booksea.cgi?ISBN=9588293049
紀伊国屋書店に注文していたノストラダムス本が5冊届いた。そのうちの1冊が『ノストラダムスとイスラム、西欧間の黙示録的戦争』(2006年)で363頁のペーパーバック。タイトルから内容の予想がつきそうな本である。著者はゴンザロ・エチェベリ・ウルブルという法律家で、スペイン語で書かれたのを英訳したのが本書。ウルブルの名をamazonで検索すると、2005年にスペイン語で『ノストラダムスとイスラム西洋戦争、予言集の新解釈』という似たようなタイトルの本を書いている。2006年には『ノストラダムス、イスラムと西洋間の来るべき戦争』を著している。実は以前この本を注文したのだが未刊にて入手不能の連絡があったので今回の新版を頼んでみた。タイトルだけ見れば、この著者は同じテーマを何度も使いまわして新しい本を書いているとしか思えない。

本の背表紙を読むと、まずノストラダムスの予言で近年的中したものを挙げる。1945年広島と長崎の原爆投下(百詩篇2-91)、1979年イラン国王の失脚(百詩篇1-70)、ニューヨークのテロリスト攻撃(百詩篇2-97)がある。そして文脈に沿ったテクスト分析の手法に準じて生物兵器(六行詩27)、ヨーロッパに対するイスラムの攻撃(百詩篇8-15)、スペインの侵略(5-55)などを読み取っている。本書に挿入されている図版はオーヴァソンの著作などから転写したもので新味に乏しい。本文をざっと眺めると、テーマ別に四行詩を並べ換えてフランス語原文、英訳、注釈といった構成であり、解釈本としてはオーソドックスなスタイルといえる。

著作権表示には2006年初版とあり、以前の本とは区別されている。しかし、内容的にはそんなに代わり映えしないだろう。今日の中東情勢を見れば確かに危うさも感じるし、イラクでは自爆テロのニュースが絶えることがない。かといってイスラム勢力が近未来にヨーロッパを侵略するというのはあまりに短絡的である。この本は通俗的なノストラダムス解釈本としては著者が言うようにタイムリーといえるのかもしれない。