ルロワ博士のノストラダムス研究書 ― 2007/04/07 23:05
http://www.amazon.fr/Nostradamus-origines-oeuvre-Edgar-Leroy/dp/2862762318/ref=sr_1_1/402-4500786-7287342?ie=UTF8&s=books&qid=1175954982&sr=8-1
丹念に古文書をあたることで、ノストラダムスの生涯について実証的な研究を行ったエドガー・ルロワ博士の本が届いた。もともと手元には1993年にジャンヌ・ラフィット出版から出された本を2冊持っていた。なぜ2冊かって!?そりゃ1冊は研究用で書き込みや付箋のついたもの。そしてもう1冊はもちろん保存用。(まさにノストラ・オタク!)上のアドレスの本は1999年に出た1993年版の再版である。今回注文したのは1972年に出版された初版の『ノストラダムス、その家系、生涯、作品』である。この本はピエール・ブランダムールの蔵書だったという注記があったので楽しみにしていた。
さて、早速届いた本の中身を見ると、1993年版とは内容に大きな違いがある。画像を見ておわかりのように、表紙にノストラダムスの肖像画の写真はない。そして本の表扉にはピエール・ブランダムールと読める赤いペンのサインが見える。本当にブランダムールの所有していた本が古本市場に流れたのだろうか。本の保存状態は非常にいい。ページをめくっていくと、1993年版に載っている、シルヴァン・ガニエールの序文やルロワ博士の紹介文、ルロワの著作一覧、娘のマルギュエットの前書き、22の注釈、家系のツリーテーブル、様々な図版は載っていない。すぐに本文が始まっている。しかも誤植が多い。1頁から「1949年にピエール・ド・ノートルダムは・・・」なんてある。ブランダムールの鉛筆の書き込みで4?とある。もちろん1469年が正しい。1972年初版は他にも数字やスペルのミスが多い。1993年版ではその辺は改訂されている。
1993年版ではホロスコープなどの図版も作り直されている。ルロワが在野の研究家であるのに対し、ブランダムールはアカデミックな立場からノストラダムスを研究し、学問のレベルにまで引き上げた。久しぶりにルロワの本を読むと、現在の目では予言集の書誌情報はかなり時代遅れとなっている。というか、ルロワはサンレミ在住であったため各地の図書館に保管されている予言集に直接アクセスすることが難しかったようだ。書誌情報はアルボー博物館やブリュネの書誌から得たものが多い。今はインターネット上でブリュネの書誌も簡単に閲覧することができる。(ガリカで検索すると出てくる)ルロワもこうした現在のツールを利用できていたなら、より深く研究することができたはずだ。
丹念に古文書をあたることで、ノストラダムスの生涯について実証的な研究を行ったエドガー・ルロワ博士の本が届いた。もともと手元には1993年にジャンヌ・ラフィット出版から出された本を2冊持っていた。なぜ2冊かって!?そりゃ1冊は研究用で書き込みや付箋のついたもの。そしてもう1冊はもちろん保存用。(まさにノストラ・オタク!)上のアドレスの本は1999年に出た1993年版の再版である。今回注文したのは1972年に出版された初版の『ノストラダムス、その家系、生涯、作品』である。この本はピエール・ブランダムールの蔵書だったという注記があったので楽しみにしていた。
さて、早速届いた本の中身を見ると、1993年版とは内容に大きな違いがある。画像を見ておわかりのように、表紙にノストラダムスの肖像画の写真はない。そして本の表扉にはピエール・ブランダムールと読める赤いペンのサインが見える。本当にブランダムールの所有していた本が古本市場に流れたのだろうか。本の保存状態は非常にいい。ページをめくっていくと、1993年版に載っている、シルヴァン・ガニエールの序文やルロワ博士の紹介文、ルロワの著作一覧、娘のマルギュエットの前書き、22の注釈、家系のツリーテーブル、様々な図版は載っていない。すぐに本文が始まっている。しかも誤植が多い。1頁から「1949年にピエール・ド・ノートルダムは・・・」なんてある。ブランダムールの鉛筆の書き込みで4?とある。もちろん1469年が正しい。1972年初版は他にも数字やスペルのミスが多い。1993年版ではその辺は改訂されている。
1993年版ではホロスコープなどの図版も作り直されている。ルロワが在野の研究家であるのに対し、ブランダムールはアカデミックな立場からノストラダムスを研究し、学問のレベルにまで引き上げた。久しぶりにルロワの本を読むと、現在の目では予言集の書誌情報はかなり時代遅れとなっている。というか、ルロワはサンレミ在住であったため各地の図書館に保管されている予言集に直接アクセスすることが難しかったようだ。書誌情報はアルボー博物館やブリュネの書誌から得たものが多い。今はインターネット上でブリュネの書誌も簡単に閲覧することができる。(ガリカで検索すると出てくる)ルロワもこうした現在のツールを利用できていたなら、より深く研究することができたはずだ。
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