レオナルド・ダ・ヴィンチの「受胎告知」を見てきた ― 2007/04/01 23:54
http://www.leonardo2007.jp/
昨日、上野の東京国立博物館の特別展「レオナルド・ダ・ヴィンチ」を見に行った。上野公園はちょっと肌寒く雨が降りそうでもあったけれど花見客でにぎわっていた。ダ・ヴィンチといえば、イタリア・ルネサンスの万能人として有名である。果たしてその力量のほどやいかに・・・以前にも六本木ヒルズで公開されたビル・ゲインツ所蔵のレスター手稿を見に行ったことがあったが、今回は「受胎告知」という有名な絵画が前面に押し出されていた。何せ第一会場はあんなにも広いのにたった一枚の絵が飾ってあるだけ。多くの人が群がっておりなかなか前に進まなかったが、ようやく絵を間近で鑑賞することができた。で、この絵のどこがすごいのか、その時点ではまったく理解できなかった。
次に第二会場にほうに移動し、順に展示室を見ていくとダ・ヴィンチの生涯に始まり、受胎告知がいかに細かいデッサンの組み合わせで作製されたものかを知った。極めつけは一見不自然と見える人の配置が右斜めから覗くときちんとバランスの取れた人物像が浮かんでくることだ。さらに進んでいくとダ・ヴィンチの手稿に見られるメモを実際に形にしたオブジェが次から次に目に入ってくる。確かにダ・ヴィンチの創造力は現代人も追随できないほどの豊かなものである。それに加えてダ・ヴィンチのメモ書きのデッサンを現実に形にするといった職人芸にも感心した。一番最後に有名な「最後の晩餐」に登場する人物の動きのシミュレーションが展示されており興味を引いた。
こうした展示でお約束のみやげ物も本から複製画、その他様々なキャラクターグッズが置いてあった。例のダヴィンチ・コード関係の本は一冊も置いていなかったのはホッとした。竹下氏の『伝説の虚実』があったのは妥当なところだろう。記念にパズルと絵葉書を購入した。
昨日、上野の東京国立博物館の特別展「レオナルド・ダ・ヴィンチ」を見に行った。上野公園はちょっと肌寒く雨が降りそうでもあったけれど花見客でにぎわっていた。ダ・ヴィンチといえば、イタリア・ルネサンスの万能人として有名である。果たしてその力量のほどやいかに・・・以前にも六本木ヒルズで公開されたビル・ゲインツ所蔵のレスター手稿を見に行ったことがあったが、今回は「受胎告知」という有名な絵画が前面に押し出されていた。何せ第一会場はあんなにも広いのにたった一枚の絵が飾ってあるだけ。多くの人が群がっておりなかなか前に進まなかったが、ようやく絵を間近で鑑賞することができた。で、この絵のどこがすごいのか、その時点ではまったく理解できなかった。
次に第二会場にほうに移動し、順に展示室を見ていくとダ・ヴィンチの生涯に始まり、受胎告知がいかに細かいデッサンの組み合わせで作製されたものかを知った。極めつけは一見不自然と見える人の配置が右斜めから覗くときちんとバランスの取れた人物像が浮かんでくることだ。さらに進んでいくとダ・ヴィンチの手稿に見られるメモを実際に形にしたオブジェが次から次に目に入ってくる。確かにダ・ヴィンチの創造力は現代人も追随できないほどの豊かなものである。それに加えてダ・ヴィンチのメモ書きのデッサンを現実に形にするといった職人芸にも感心した。一番最後に有名な「最後の晩餐」に登場する人物の動きのシミュレーションが展示されており興味を引いた。
こうした展示でお約束のみやげ物も本から複製画、その他様々なキャラクターグッズが置いてあった。例のダヴィンチ・コード関係の本は一冊も置いていなかったのはホッとした。竹下氏の『伝説の虚実』があったのは妥当なところだろう。記念にパズルと絵葉書を購入した。
ノストラダムス予兆撰集の画像がアップされた ― 2007/04/02 23:07
http://biblionostra.ath.cx/1568-1599.html
ビブリオテク・ノストラダムスの131bにシャヴィニィの手稿、予兆撰集がアップされたのでダウンロードした。容量が111MBとすべての電子データで一番重かったのではないだろうか。以前にも紹介したようにこの手稿の一部は1999年のシャヴィニャールの研究書に校定テクストが載っている。しかし残りの部分にどういったテクストがあるのかまったく不明であった。手稿のオリジナルは16世紀に書かれたこともあってインクが滲んでいる箇所もあり非常に読みづらい。シャヴィニャールの本にあるようにテクストの余白の部分にはシャヴィニィの注釈が記入されている。が、その記述もぼやけて素人が読みこなすのは難しい。
さてシャヴィニャールの本では第四の書までの校定テクストを読むことができるが、それ以降にも第五の書から第十二の書まで続き、計718ページになる大書だ。しかし破損した箇所も徐々に増していき、手稿も最終に近づくと中央部に虫食いらしき大きな穴が開いており復元することは不可能である。他の現存しているプレザージュのテクストを分析することでしか校定するすべはないが、これは果てしない作業となる。いったいシャヴィニィはこれらの手稿を出版する気はなかったのだろうか。シャヴィニィがいつ頃から暦書類のテクストを収集し始めたかわからないが、シャヴィニィの収録から漏れたテクストも存在するようだ。
インターネット上でのノストラダムス資料の収集は随分と便利になった。けれども便利になった分精読する本が減ったような気がする。最近は洋書を購入しても昔ほどの感動はなくなってしまった。まったく贅沢な世の中である。
ビブリオテク・ノストラダムスの131bにシャヴィニィの手稿、予兆撰集がアップされたのでダウンロードした。容量が111MBとすべての電子データで一番重かったのではないだろうか。以前にも紹介したようにこの手稿の一部は1999年のシャヴィニャールの研究書に校定テクストが載っている。しかし残りの部分にどういったテクストがあるのかまったく不明であった。手稿のオリジナルは16世紀に書かれたこともあってインクが滲んでいる箇所もあり非常に読みづらい。シャヴィニャールの本にあるようにテクストの余白の部分にはシャヴィニィの注釈が記入されている。が、その記述もぼやけて素人が読みこなすのは難しい。
さてシャヴィニャールの本では第四の書までの校定テクストを読むことができるが、それ以降にも第五の書から第十二の書まで続き、計718ページになる大書だ。しかし破損した箇所も徐々に増していき、手稿も最終に近づくと中央部に虫食いらしき大きな穴が開いており復元することは不可能である。他の現存しているプレザージュのテクストを分析することでしか校定するすべはないが、これは果てしない作業となる。いったいシャヴィニィはこれらの手稿を出版する気はなかったのだろうか。シャヴィニィがいつ頃から暦書類のテクストを収集し始めたかわからないが、シャヴィニィの収録から漏れたテクストも存在するようだ。
インターネット上でのノストラダムス資料の収集は随分と便利になった。けれども便利になった分精読する本が減ったような気がする。最近は洋書を購入しても昔ほどの感動はなくなってしまった。まったく贅沢な世の中である。
いよいよ女流棋士分裂で新法人の立ち上げか ― 2007/04/03 23:52
http://blog.goo.ne.jp/joryu-houjin/
どうも設立委員会は連盟の理事と対立したままの状況で、女流棋士の分裂も辞さずに独立に踏み切ったようである。こんな状態でどうしてそんなにも急ぐ必要があるのだろう。もう一度きちんと態勢を立て直してからでも遅くはないのに、と思う。来週には記者会見を開いて今後どうするのか明らかにするという。新聞記事によれば17名が独立派とのことだが、将来のビジョンが何も定まっていない中での無理攻めではないのだろうか。そもそも現在連盟が主催している女流のタイトル戦はどのように運営されるのか。こういった引継ぎは理事会とスポンサーを交えて交渉しければ話は進まない。
寄付金の問題も返金の手続きを受け付けるとある。資金もなくてどう組織を運営していこうというのだろう。女流といってもそこは将棋指し、思考回路がオールオアナッシングの感が強い。もう少し中庸の選択、落としどころの模索も必要である。独立して何がしたいのか、どう変えていくのか、現時点ではまったく見えていない。少々スポンサーを甘く見ているのではないか。お金を払ってくれるスポンサーはきちんとした団体と契約しているのであって、連盟の後ろ立てのない異端の団体と契約するというリスクを冒すとは思えない。今からでも遅くはない。有識者の意見を取り入れて一歩引く勇気を出すことも視野にいれてほしい。
http://lps.weblogs.jp/jo/
女流王将戦の挑戦者決定戦は今が旬の里見と清水の対戦とあって、対局場に多くの報道陣が駆けつけ、インターネットでの中継も充実していた。将棋の内容は里見が序盤で大きなミスを犯してしまい清水の貫録勝ち。こうしたニュースターの登場で盛り上がったところに水を差された感じである。
どうも設立委員会は連盟の理事と対立したままの状況で、女流棋士の分裂も辞さずに独立に踏み切ったようである。こんな状態でどうしてそんなにも急ぐ必要があるのだろう。もう一度きちんと態勢を立て直してからでも遅くはないのに、と思う。来週には記者会見を開いて今後どうするのか明らかにするという。新聞記事によれば17名が独立派とのことだが、将来のビジョンが何も定まっていない中での無理攻めではないのだろうか。そもそも現在連盟が主催している女流のタイトル戦はどのように運営されるのか。こういった引継ぎは理事会とスポンサーを交えて交渉しければ話は進まない。
寄付金の問題も返金の手続きを受け付けるとある。資金もなくてどう組織を運営していこうというのだろう。女流といってもそこは将棋指し、思考回路がオールオアナッシングの感が強い。もう少し中庸の選択、落としどころの模索も必要である。独立して何がしたいのか、どう変えていくのか、現時点ではまったく見えていない。少々スポンサーを甘く見ているのではないか。お金を払ってくれるスポンサーはきちんとした団体と契約しているのであって、連盟の後ろ立てのない異端の団体と契約するというリスクを冒すとは思えない。今からでも遅くはない。有識者の意見を取り入れて一歩引く勇気を出すことも視野にいれてほしい。
http://lps.weblogs.jp/jo/
女流王将戦の挑戦者決定戦は今が旬の里見と清水の対戦とあって、対局場に多くの報道陣が駆けつけ、インターネットでの中継も充実していた。将棋の内容は里見が序盤で大きなミスを犯してしまい清水の貫録勝ち。こうしたニュースターの登場で盛り上がったところに水を差された感じである。
古代ギリシアの歴史 ― 2007/04/04 23:45
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-NIPS=9978483195
伊藤貞夫 古代ギリシアの歴史 ポリスの興隆と衰退 講談社学術文庫 2004年 を読み終えた。300頁を超える文庫本でなかなか読み応え十分であった。古代ギリシアといえばデルフォイの神託とか神話、哲学者プラトンやアリストテレスくらいしかなじみがなかった。高校の世界史にも出てくるがその記憶も遠く霞みがかかったようなものだ。ギリシアの歴史の起源は遥か遠い。紀元前2000年頃に一つの民族として成立したという。この本ではいわゆるエーゲ文明の先史時代からローマ帝国の手中に落ちる前2世紀半ばまでを豊富な資料と諸学説の比較検討により描いている。
そもそもそんな大昔のギリシアの歴史なんて追うことができるのだろうか。そこにはロマンティックなドラマがある。かの有名なシュリーマンは伝説としか見なされてなかったホメロスの詩句と自らの直感を頼りにトロヤの遺跡を掘り当てた。19世紀のことである。そこから考古学的な活動が急速に活発となり知られざる事実が次々と明らかになっていく。その一番の手掛りとなった線B文字の解読の経緯はミステリーでも読むかのごとく面白い。それまで砂に埋もれていた粘土板、もちろん見たこともない文字が並んでいる。それを様々な手掛りのもと遂に古代ギリシア語と対比させることに成功したのは素晴らしい偉業である。
その後ギリシアは都市国家ポリスの集合体として民主制が栄えていく。ポリスの二大巨頭はいうまでもなくアテネとスパルタである。様々な指導者を仰ぎ改革を行い、時にはペルシャのような外敵と戦いながら脈々とギリシア世界が築かれていった。これが2000年以上も前の話だというから驚きである。古代ギリシアの歴史はなんとなく日本の江戸時代を彷彿させる。またポリスは現代でいう会社組織にも似たところがあると感じた。選ばれた市民の協議により政治が動くとは取締役会、またトップの判断ミスで国力が富むこともあれば疲弊することもある。歴史は雄弁に物語っている。
伊藤貞夫 古代ギリシアの歴史 ポリスの興隆と衰退 講談社学術文庫 2004年 を読み終えた。300頁を超える文庫本でなかなか読み応え十分であった。古代ギリシアといえばデルフォイの神託とか神話、哲学者プラトンやアリストテレスくらいしかなじみがなかった。高校の世界史にも出てくるがその記憶も遠く霞みがかかったようなものだ。ギリシアの歴史の起源は遥か遠い。紀元前2000年頃に一つの民族として成立したという。この本ではいわゆるエーゲ文明の先史時代からローマ帝国の手中に落ちる前2世紀半ばまでを豊富な資料と諸学説の比較検討により描いている。
そもそもそんな大昔のギリシアの歴史なんて追うことができるのだろうか。そこにはロマンティックなドラマがある。かの有名なシュリーマンは伝説としか見なされてなかったホメロスの詩句と自らの直感を頼りにトロヤの遺跡を掘り当てた。19世紀のことである。そこから考古学的な活動が急速に活発となり知られざる事実が次々と明らかになっていく。その一番の手掛りとなった線B文字の解読の経緯はミステリーでも読むかのごとく面白い。それまで砂に埋もれていた粘土板、もちろん見たこともない文字が並んでいる。それを様々な手掛りのもと遂に古代ギリシア語と対比させることに成功したのは素晴らしい偉業である。
その後ギリシアは都市国家ポリスの集合体として民主制が栄えていく。ポリスの二大巨頭はいうまでもなくアテネとスパルタである。様々な指導者を仰ぎ改革を行い、時にはペルシャのような外敵と戦いながら脈々とギリシア世界が築かれていった。これが2000年以上も前の話だというから驚きである。古代ギリシアの歴史はなんとなく日本の江戸時代を彷彿させる。またポリスは現代でいう会社組織にも似たところがあると感じた。選ばれた市民の協議により政治が動くとは取締役会、またトップの判断ミスで国力が富むこともあれば疲弊することもある。歴史は雄弁に物語っている。
朝日オープンは羽生が初戦を制する ― 2007/04/06 00:44
http://www.asahi.com/shougi/index.html
もう昨日になるが、王者羽生に俊英の阿久津五段が挑戦する朝日オープンの第一局が行われた。帰宅して朝日の将棋コーナーを見ると羽生が幸先の良い1勝目を挙げていた。やはり阿久津は初めての大舞台ということもあり雰囲気に飲まれてしまったのではないか。まあ一局やれば対局場の感じも掴めただろうし、次は先手番なので気持ちを切り替えて望むことだろう。棋譜を再現しようとすると、ところどころに不具合があり、表示されない駒が見受けられ非常に使いづらい。朝日の棋譜再生はコメントも入らないし他の中継に比べていまひとつである。
将棋は羽生の矢倉を阿久津が堂々と受けてがっぷり四つの相矢倉になった。こういった定跡形は近頃珍しい。というのも▲3七銀戦法には後手は△5三銀と上がって守勢にまわるのが主流と思っていたからだ。今週のNHK杯の高橋-佐藤(天)戦でもその形になり、先手が先攻するもなかなかうまく攻略できず結果的に後手が粘り強く指して勝利している。確か△7三銀と出る形は後手の勝率が悪かったと記憶している。それを敢えて採用したのは何か秘策があるのかと見ていると、羽生のほうが▲5四歩と暖めていた手を披露した。
一見後からただで取られる歩のようにも思えたが阿久津がうまくとがめきれずに羽生が優位に立った。とはいえ朝日オープンは持ち時間が3時間と短いので少々劣勢でも離されないで終盤戦に突入し、秒読みでの勝負になれば若い阿久津にも十分に勝機はある。しかし、羽生はやはり3時間の将棋にも長けている。持ち時間を16分残して余裕を持っての勝利。阿久津は早く1勝したい。そうしないと一昨年の山崎七段のようにあっという間に終わってしまう危険性もある。若手の奮起に期待したい。
もう昨日になるが、王者羽生に俊英の阿久津五段が挑戦する朝日オープンの第一局が行われた。帰宅して朝日の将棋コーナーを見ると羽生が幸先の良い1勝目を挙げていた。やはり阿久津は初めての大舞台ということもあり雰囲気に飲まれてしまったのではないか。まあ一局やれば対局場の感じも掴めただろうし、次は先手番なので気持ちを切り替えて望むことだろう。棋譜を再現しようとすると、ところどころに不具合があり、表示されない駒が見受けられ非常に使いづらい。朝日の棋譜再生はコメントも入らないし他の中継に比べていまひとつである。
将棋は羽生の矢倉を阿久津が堂々と受けてがっぷり四つの相矢倉になった。こういった定跡形は近頃珍しい。というのも▲3七銀戦法には後手は△5三銀と上がって守勢にまわるのが主流と思っていたからだ。今週のNHK杯の高橋-佐藤(天)戦でもその形になり、先手が先攻するもなかなかうまく攻略できず結果的に後手が粘り強く指して勝利している。確か△7三銀と出る形は後手の勝率が悪かったと記憶している。それを敢えて採用したのは何か秘策があるのかと見ていると、羽生のほうが▲5四歩と暖めていた手を披露した。
一見後からただで取られる歩のようにも思えたが阿久津がうまくとがめきれずに羽生が優位に立った。とはいえ朝日オープンは持ち時間が3時間と短いので少々劣勢でも離されないで終盤戦に突入し、秒読みでの勝負になれば若い阿久津にも十分に勝機はある。しかし、羽生はやはり3時間の将棋にも長けている。持ち時間を16分残して余裕を持っての勝利。阿久津は早く1勝したい。そうしないと一昨年の山崎七段のようにあっという間に終わってしまう危険性もある。若手の奮起に期待したい。
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