『裏切られたノストラダムス』の予言集テクスト2016/12/25 23:20



ノストラダムスの大事典 編集雑記にエリザベート・ベルクールの原書にある予言集のテクストのオリジナルを突き止めたという記事が載っている。ベルクールが1981年に出版した"Nostradamus trahi, suivi du texte original et complet des dix Centuries, edition de 1605"(裏切られたノストラダムス、1605年版の十巻の百詩篇の完全なオリジナルテキストを副えて)にはタイトルにもあるように1605年版と称する予言集のファクシミリが転載されている。本書は284頁のうち184頁がこのファクシミリに充てられている。つまり本の半分以上はコピーされた予言集テクストで頁を埋めていることになる。

日本では、前半100頁分のみ翻訳された本が、リヨン社より『裏切られたノストラダムス』として出版されている。後半部分の転載された1605年版というのが曲者で、これまで一般に入手困難とみられていた貴重なテクストが利用できるということでノストラダムス業界にそれなりの影響を与えた。例えば、ミシェル・デュフレーヌはこのテキストを転記した予言集を出版、それをベースとして辞書をまとめたり、各サンチュリ毎に10冊の重厚な解釈書を出版し、不完全ながら四行詩の校訂や信奉者側の解釈の整理をおこなっている。(デュフレーヌの死後、9巻と10巻はジャン・ギェルノンによる)

またピエール・ブランダムールはこのテクストを1660年頃の刊行と見なして初版本のテクストの校訂比較の対象としていた。当初邦訳を読んだときには「1605年版の『諸世紀』より」とされた予言詩が転載されていたことで、ベルクールの主張に説得力があるように感じたものだ。その後、原書を入手し、すべてのテクストに目を通すと違和感を感じずにはいられなかった。それは単純に活字組のなかに古版本に見られるSの異体字(ロングS)が見られないことだ。Sの異体字がなくなるのは手元で参照できるものではランドリオ出版くらいで18世紀末までの予言集の版本では異体字が用いられていた。

本文のなかで転記されている六行詩集のタイトルもおかしい。古版本ではいずれも"pour les ans courans en ce siecle"(今世紀のいずれかの年に向けて)とあるものが"Pour les Ans courans en ce siecle, commencant en l'Annee 1600"(1600年に始まる今世紀のいずれかの年に向けて)と書き換えられている。これも同じような表記はランドリオ出版くらいである。そもそも1605年版という割にその根拠を示す予言集の表紙が示されていない。引用されている頁の割り付けも不自然さが見られる。原書に転載された部分は1巻~7巻まで33-157頁、8巻~10巻まで177-233頁 となっている。

セザールへの序文の分量を見立てても33頁は合っていない。結局のところ巻頭に伝統的な伝記が挿入されていた。ロベール・ブナズラの本の325頁を見ると、sumaruさんが指摘するように1780年の項にあるサンチュリのエディション108番が見事なまでに頁構成が一致している。そこに原文を添えて文字のかすれ具合から同一の版本であることを確定させたのは長年のモヤモヤがすっきりした感じで拍手喝さいを送りたい。どうしてベルクールは18世紀末の版本を1605年版のオリジナルテクストなんて詐称したのだろうか。

当時フランスではジャン・シャルル・ド・フォンブリュヌのノストラダムス解釈本(邦訳『新釈ノストラダムス』)がブームとなっていて、第三次世界大戦のシナリオとともに人々に1983年パリ破滅の不安をまき散らしていた。(上の画像参照)ベルクールはそれを憂えて批判書を著したという。その本のなかでフォンブリュヌの用いた予言詩のテクストにもケチをつけていたので、自分の手元に正当なテクストがあると主張したかったのだろう。こういった軽い気持ちからの悪ふざけが思いもよらない影響力があったのはノストラダムス研究史における汚点としかいいようがない。

コメント

_ sumaru ― 2017/01/02 23:16

新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

正直なところ、こんな細かいネタまで拾って頂けるとは思わず、
前のエントリで「良いお年を」と挨拶した手前、
年内のコメントは自粛していました(^^;

六行詩を完全に失念してエディションの系統を組み立てるというヘマをやらかしたばかりでしたので
この件についても何か見落としがあるのではと思っていましたが、
特にそういうものはなさそうで安堵しています。

_ 新戦法 ― 2017/01/03 00:36

sumaruさん、

明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

> 特にそういうものはなさそうで安堵しています。

特にケチをつけようというのではなく、私も同じように長年関心を持っていたネタなので整理する意味を含めて便乗させていただいた次第です(^^;

今後もノストラダムスの大事典の更新を期待しています。

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