ノストラダムスの墓のあったレストラン2014/05/29 01:17

以前にも取り上げたことがあるが、ノストラダムスの遺言書には、サロンにある"l’eglise du convent de Saint Francoys"(聖フランシスコ会修道院の教会)の扉と聖マルトの祭壇の間の壁に埋葬してほしい、と書かれている。1791年取り壊されるまで予言者は妻の躯とともにここで安らかに眠っていた。その状況について、1718年に出版された"Nouvelle description de la France"(フランスの新しい記述)第三巻の486頁、サロンの項に見ることができる。この本はフランス国内の地名をABC順に並べてそれぞれの土地に関わるトピックを記述しており、実際に現地で確認したものと思われる。

この教会は”l’eglise des Cordeliers”(コルドリエ派の教会)と記述している文献もあるが、まったく同じものである。Google Booksの『フランスの新しい記述』によると、コルドリエの教会に入って修道院の扉を開くと、壁の反対の右手にノストラダムスの墓がある。この墓は四角形で人が立ったほどの高さがある。上部はなだらかな傾斜がある。なかなかいい顔立ちの59歳のときの肖像画が掲げられている。石版上には墓碑銘が刻み込まれている。地元のアンドレ・シェイネ氏はおそらくこういった記述をもとに当時の墓の様子を版画で再現したのだろう。下記の画像を参照のこと。

『Quarkスペシャル ノストラダムスの謎』(講談社、1992年)の107頁に、最初の埋葬地としてシェイネ氏の示した版画と、現在レストランになっているという埋葬場所の、ふたつ並べた写真が載っている。よく見ると場所の面影はある。10数年前にこの本を持ってサロンを訪れたときは、残念ながらこのレストランがどこにあるのか見つからなかった。竹下節子氏の『さよならノストラダムス』(文藝春秋、1999年)の28頁では、そのレストランが「ブロシュリー・デ・コルドリエ」"La Brocherie des Cordeliers"であると教えてくれる。串焼きやローストが専門の地元の伝統料理のお店であるという。

インターネット上で検索をかけると、すぐさまこのレストランがヒットし、住所と地図が出てくる。(73 Rue d'Hozier, 13300 Salon-de-Provence)おまけにストリートビューにすると、まさにその土地を実際に歩いているかのように街並みを堪能することができる。この近辺をぶらぶらしてみたが該当するレストランらしきものは見当たらなかった。同じドジエ通りに"La Table des Cordeliers"というレストランもあるが住所も違うし別のもののようだ。少し歩くとノストラダムスの彫像も見える。今度サロンに行く機会があればぜひこのレストランでノストラダムスの墓跡を見ながら食事をしてみたいものだ。

ノストラダムスの墓

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