オランジュ大聖堂の司教への手紙その32017/01/28 22:20



何が起こったのかという質問に答えるために、ノストラダムスはホラリーチャート(天宮図)を計算した。 このチャートは、盗難の日付あるいはその時刻について計算されたものではない。ホラリー占星術とは「質問が発せられる瞬間のチャートを作成し、そのチャートから答えを出す占星術である。当面の質問に直接関係のある支配星、サイン、およびハウスだけが検討される。」(『図説 星の象徴事典』212頁)この技法により、質問に対する答えは、質問が尋ねられたり、問題が分析された瞬間に隠されており、特定の条件によって占星術師が答えを出すことができる。

ノストラダムスもこの問題を分析し始めた瞬間のチャートを作成している。 「盗人探しの星図」によると、星占いによる犯人推理は紀元一世紀にはすでに実践されていたというから伝統的な占い手法なのだろう。鏡リュウジはホラリーチャートの解釈の豊富な実例を示してくれるが、そもそもチャートの日時がフィクスされないため、占いとしても随分と恣意的で説得力のある回答が得られるとは思えない。ただ占星術による盗人探しの相談はある程度認知されていたのだろう。17世紀の大家ウィリアム・リリーはホラリー占星術の体系化を行っており、当時最盛期を迎えたという。

ノストラダムスがその効用をどの程度当てにしていたかはわからない。手紙には「上に描かれた天文学の図によれば、教会の同僚である参事会員の二人の共謀によって聖体器の盗難が行われたことがはっきり分かります。」と書かれている。ただし、レオニも指摘するように、ノストラダムスはホラリーチャートの解釈において占星術上の根拠を細かく述べているわけではない。さらには「宝物を横領した者には家族にいたるまで最大の不幸が襲いかかり、苦しい死に方をするであろう」と予言し、「もし返還しなければ、町にもペストなどの災厄が襲うであろう」と記している。

占星術で計算されたホラリーチャートを後ろ盾に、皆の前でこの脅迫めいた手紙を読み上げることで犯人が恐れをなすといった心的動揺を誘う。そうして犯人が自首をするなり宝物を返すなりするようにしむける、ある種の心理戦術といえる。その顛末が気になるところであるが、注釈者たちは皆最後にこう付け加えている。この銀器が戻って来たのか否か、あるいは、この占いの結果が正しかったのかどうかも記録に残っていない。占星術に詳しくなければホラリーチャートが正しいのか、それで何がわかるのか、ノストラダムスが何を言わんとしていたか、適当な解説なしで判別するのは難しい。

ホラリーチャートの四角のなかに尋問(interrogatio)の日時が記入されている(上記の画像をクリックすると拡大する)。ルロワとレオニはチャートの星位については特に検証していない。まずルロワの示した日時が異なっている。ルロワ1972の年代は明らかな誤植であるが、ルロワ1949では写本を手書きでトレースしたときに「iii」を「ii」と見間違えたと思われる。写本では時刻の表記も「4」か「7」か読みづらいし、オリジナルから写本を作成した時点で誤記が生じた可能性もあり得る。ベルケルはこの日付のチャートを現代のソフトウェアで検証することで星位から午後7時説を取っている。

レオニ1961(著書のなかでは言及されていない、ベルケルによる)
 日付、iii febroarii 1562(1562年2月3日) 時刻、hora 7 post meridiem(午後7時に)
ルロワ1949、ルロワ1993
 日付、ii febroarii 1562 (1562年2月2日) 時刻、hora 4 post meridiem(午後4時に)
ルロワ1972
 日付、ii febroarii 1952 (1952年2月2日) 時刻、hora 4 post meridiem(午後4時に)
アマドゥ1992
 日付、iii febroarii 1562(1562年2月3日) 時刻、hora 4 post meridiem(午後4時に)
ブランダムール1993
 日付、iii febroarii 1562(1562年2月3日) 時刻、hora 4 post meridiem(午後4時に)

ブランダムールは、ノストラダムスが補完法による計算ではなくカスプの黄緯を算定したと注記している。サロン・ド・プロヴァンスのローカル時刻19時は結果的にカスプの黄緯が異なっている。例えばMCは双児宮♊の7°ではなくて双児宮♊10°に位置している。 再計算の際に黄緯を平均恒星時に基づきMC(双児宮の♊7°)で行った。結論としてベルケルはチャートの時刻は19:00が正しいと見る。ブランダムールは、記載の時刻は午後4時だが実際に計算した結果、午後6時35分としている。鏡リュウジは1562年2月3日午後6時39分としているが、これが最新の結論のようである。

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