オランジュ大聖堂の司教への手紙その1 ― 2017/01/22 23:31

1562年オランジュ大聖堂の司教がノストラダムスに重大な犯罪の解決を依頼したという探偵話に纏わる手紙がフランスの公文書の中に残っている。ここでいう司教 les Chanoines(ラテン語canonicus、英語canon)とは大聖堂(司教座)付きの教区の仕事をする聖職者である。正確には「司教座参事会員」と訳すそうである。オランジュ大聖堂は現在のナザレのノートルダム大聖堂(Cathedrale Notre-Dame de Nazareth)でオランジュの観光名所のひとつになっている。1208年に大聖堂となり、1561年12月20日ユグノーによる"saccage"(略奪)により大きな損害を受けたとされる。
この探偵話についてエドガー・ルロワ博士が"Nostradamus detective avant la lettre, au service du venerable Chapitre d'Orange en 1562"(ノストラダムス、手紙の前の探偵、1562年尊敬するオランジュの司教座参事会員への奉仕)という小論を発表している。1948年7-12月、"Cahiers de Pratique Medico-Chirurgicale"(実践医療外科誌)の49-57頁が初出だが、1949年にアヴィニョンの"Éditions Rullière Frères"(リュリエール兄弟出版)により復刻された小冊子(上記写真参照)が手元にある。実質的に9頁であるから1948年発表の論文の忠実なコピーと見てよい。
ルロワの論文以前にも1930年に出版されたジャン・ムーラとポール・ルーヴェの『ノストラダムスの伝記』 La vie de Nostradamus 215頁で脅迫めいたホロスコープと手紙のことが簡潔に記されている。そこには手紙の写本がアルルのアーカイブに保管されていると書かれている。また1933年に出版されたジャック・ブーランジェの『ノストラダムス』 Nostradamus 146頁にも同じような内容で手紙について簡単に触れられている。いずれの本でも手紙の詳細については紹介されていないので直接原本を参照していない可能性が高いと思われる。
1893年刊の『フランスの公共図書館の手稿の総合カタログ第20巻』 Catalogue general des manuscrits des bibliotheques publiques de France 383頁に、アルル図書館 mss.96 Tome.1 #26、Memoire pour servir a l'histoire des differentes eglises du royaume の手稿のなかに"Lettre de Michel Nostradamus, au sujet d'un vol sacrilege fait a Orange en 1562, du 4 fevrier 1562"(ミシェル・ノストラダムスの手紙、1562年にオランジュで起きた冒涜の盗難について、1562年2月4日付)が保管されている。フランス語で書かれた手紙のなかにホラリーチャート(天宮図)を含んでいる。
手稿の存在ははっきりしているので調べようと思えば直接現物を手に取って確認することができる。その先駆となったのがルロワであり、実際に手紙を書き写したと思われる。それとは別に1961年にエドガー・レオニは『ノストラダムス、伝記と作品』 Nostradamus, life and Literature 768頁-771頁で手紙の忠実な転記と英訳を行った。ルロワの研究を参照した形跡は見られない。レオニが直接手紙にアクセスしたかは不明だがフォトコピーを入手したのであろう、ホラリーチャートの実物の写真を載せている。手紙の末尾に「1562年2月4日にノストラダムスがサロン・ド・クローで記した」とある。
ノストラダムスの構文や内容がいまいち分かりづらいため現在の目で理解しやすいように多くの箇所で意訳をせざるを得なかったとレオニは注記している。手紙の最後には「この町の大聖堂教会の古文書にある原本をコピーした」とある。写本には「オランジュの我ら司教の館で1714年6月19日に作成された」との記載が見られる。ルロワによると「オランジュの司教Jean Jacques、書記官Monseigneur Guizel」の著名がある。原本はオランジュ大聖堂にあったが現在は失われている。そのためノストラダムスの関連書で手紙に言及する場合この写本を底本としているのは間違いない。(続く)
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