新釈ノストラダムス2008/12/29 23:52

近未来を占おうとする典型的な予言解釈本を見ると、独自の解釈に入る前にまずはバーンと的中した予言を枕に揚げたいらしい。1990年代ではイオネスクの解釈したソビエト連邦の崩壊の予言的中を前面に押し出す関連書が多かった。1980年代には、フランス社会党のミッテラン政権の誕生とローマ法王ヨハネ・パウロ二世の狙撃事件を挙げる本が目立っていた。『世界の終末予言』125頁には、1981年5月13日の法王狙撃事件の5日前にイタリア・ミラノの新聞『ロキオ』に掲載された研究家レヌシオ・ボスコロのコメントを引用している。「フランスのバラが花開く時、ローマ法王に深刻な危険が訪れる。ローマ法王は動かず、旅行もすべきでない。・・・」その後、フォンブリュヌの『歴史家、予言者ノストラダムス』も爆発的な売れ行きを示して一大ブームを迎える。81年10月には30万部を突破しベストセラーとなった。日本でも講談社から高田勇氏による邦訳『新釈ノストラダムス』が出版されたほどである。

本の帯でも、当該事件の的中を強調しているが、中身を見ると、見出しに「リヨンにおける教皇の死、フランスで政権を獲得する左翼」とあるように場所が完全に一致しているわけではない。どうしてこれが的中と見なされるのか、とても理解に苦しむ。歴史読本臨時増刊'82-9月号の227頁、金森誠也+ルネ・ヴァンダール・ワタナベが執筆した記事のなかでも、フォンブリュヌにより、この出来事をノストラダムスが見事に予言したことになっている。当時は日本の解釈者も好んでこのトピックを取り込んだ。五島勉氏は同意できないとしながらも、『ファティマ・第三の秘密』38頁にある「ノストラダムスの予言、的中の蔭で」で自分も事前に解読していた、などといつものハッタリをかましている。当時一橋大学助教授であった中村惠一氏も、新聞に載ったボスコロの記事を読んでノストラダムスの予言詩を研究するようになったという。(『ノストラダムスの聖予言』17頁)

フォンブリュヌの本はフランスでも何度か再版されたし、直後に世界十ヶ国で翻訳されて広く読まれている。日本で最初に『新釈ノストラダムス』と呼んだのは週刊ポスト'81-9.25号の記事である。このとき五島氏は一応の評価をしているが、後にこの本をネタに痛烈な批判本を書いたこともある。フォンブリュヌの『歴史家、予言者ノストラダムス』は、1980年代の冷戦時代に世界中の予言解釈者たちを第三次世界大戦の恐怖のシナリオへと牽引していったのは確かである。