五島勉氏の訃報2020/07/23 17:55

1973年晩秋、公害被害やオイルショックなど終末ブームのさなかに祥伝社より一冊の新書が出版された。五島勉著『ノストラダムスの大予言 迫りくる1999年7の月、人類滅亡の日』である。ルポライターのテイストで書かれたセンセーショナルな予言解釈本はあっという間にベストセラーに躍り出た。筆者がまだ小学生だったころの話である。その伝説の人、五島勉氏がこの世を去ったというニュースがひっそりと流れた。すでにノストラダムスの大事典 編集雑記でも触れられているし、インターネット上のニュースにも配信された。まず取材元の文春オンラインで発信され、その後、読売新聞、朝日新聞、日本経済新聞、共同通信社などのウェブサイトにも追って報じられた。

昨日発売された『週刊文春』2020.7.30号には「「ノストラダムスの大予言」五島勉が死去していた」という1頁の記事が掲載されている。2018年に文春オンラインで発表された記事と夫人へのインタビューに基づいて構成されたものだ。それによると亡くなられたのが2020年6月16日、享年90歳。記事を読むと、五島氏は夫人を連れ添って1987年頃フランス旅行をしたらしい。その際にサロン・ド・プロヴァンスにあるノストラダムスの墓参りもしたとのこと。五島氏はノストラダムスものでベストセラーを連発したことから一度はご本人に挨拶をと思ったのかもしれない。とにかくこの本の登場により日本のオカルト業界に予言解釈本という一ジャンルを確立したのは間違いない。

筆者自身もこの本によりノストラダムスにどっぷりつかってしまい人生を変えたといえるだろう。いまでも手元には海外文献を含め大量のノストラダムス本がある。子どもの頃、五島氏の本が出る前からノストラダムスの名前は知っていたような気がする。当時は空飛ぶ円盤のブームで、黒沼健氏による解釈、1999年の予言は宇宙人の地球攻撃というのをアレンジしたものが少年雑誌に紹介された。そのときはあくまでも空飛ぶ円盤メインであって、すごい予言者がいたといってもピンとは来なかった。いまから見るとSF的でメルヘンチックな物語であった。ただ『ウルトラセブン』のような地球外からの侵略者といったテーマのテレビ番組もあったからそれほど突飛にも見えなかった。

そこに『ノストラダムスの大予言』が発売され人びとは怖いもの見たさに手に取ってむさぼり読んだ。こちらは26年後の近未来に妙に生々しいリアルな恐怖感をもたらすものだった。筆者が最初に読んだ本は母親が近所のオジサンから借りたもので回し読みしていたものだ。おりしも小松左京の『日本沈没』がベストセラーとなり、子供向け漫画でも楳図かずおの『漂流教室』やジョージ秋山の『ザ・ムーン』などがヒットしていた。子どもながらに受容する下地はできあがっていた。ただただ驚きの目をもって繰り返し読んだ記憶がある。五島氏はその後も『ノストラダムスの大予言』シリーズを執筆し続け1998年まで10巻の本を世に送りだした。そしていつしか肩書も日本でもっとも権威のあるノストラダムス研究家ということになった。

大学生になってからは洋書を取り寄せ、英語の解説本(エドガー・レオニの『ノストラダムスと彼の予言』)を読んで五島氏が紹介したノストラダムス像がいかに創作にまみれゆがんだものであったかを知った。そうした付焼き刃の知識を持って五島氏にいろいろと聞いてみたいという欲求にかられたこともあったが残念ながら実現することはなかった。そのとき是非とも聞きたかったのは『大予言』初巻に見られる数々の予言エピソードや11巻、12巻の断片などの偽書誌情報をどのようにして発想したのかという点だった。これまで五島氏はノストラダムスについて数々のインタビューを受け、雑誌などに多くの記事を書いてきたがこれについて詳細を語ることはなかった。

唯一2012年に出版された飛鳥昭雄氏との対談本『予言・預言対談 飛鳥昭雄×五島勉―ノストラダムスの正体と黙示録の真実』の中で「ブロワ城の問答」には正式な資料はなくアメリカ人の研究者から聞いた話とネタ元に触れたこともあったがその他についてソースを明かすことはしていない。もちろん五島氏が1カ月の執筆のなかで頭の中でイメージを膨らませて創作したことは違いない。しかしそのプロセスを少しでも語ってもらえたらと残念で仕方がない。とはいえ五島氏の本はどれも読みやすく予言エンターテイメントとして多くのファンがいて筆者もその一人だ。ノストラダムス研究という面からは五島氏の本は突っ込みどころが満載でそれも一つの楽しみ方だった。問題の年1999年を過ぎても五島氏は『ノストラダムスの大予言』の著者として忘れ去られることはなかった。

最近では『ムー』2019年8月号(No.465)に特別寄稿「あるノストラダムス研究者の最終コメント」を書いていた。また紙媒体のメディアの登場ということであれば「昭和40年男 総集編」6月号増刊で初見健一氏のインタビュー記事が最後のものと思われる。昨年末からの新型コロナウィルス感染症の猛威が日本のみならず世界的に蔓延し収束の兆しが見えないままである。世界中で社会構造や生活様式も変わってしまった。偶然にも今年の夏『日本沈没2020』が公開された。『週刊文春』の記事のなかに夫人のコメントとして五島氏は亡くなる前に『日本沈没みたいになりかねないね』と話していたという。五島氏の逝去は、世界が予測不能な激動の時代を迎え一時代に終わりを告げたことを象徴するニュースといえるかもしれない。

謹んでご冥福をお祈りします。