三浦三崎マグロ争奪将棋大会でマグロをもらった ― 2008/12/07 23:44
昨年に続いて今年も三浦のマグロ大会に参加した。前日の夕方、三浦海岸の駅に集合し、そこから民宿旅館へ移動、前回と同じ宿なので勝手はよくわかっている。今回もとなりの部屋に将棋関係のグループが宿泊していてミニ大会形式の交流戦を行った。といっても結局会費500円をカモられただけだが。大会当日の朝は9時半すぎに民宿旅館を出発し、会場の三浦市南下浦市民センターに向かう。例年にもましてものすごい人数の参加者があったようである。そのためルールが少々変更になっている。昨年はA級は5回戦あったのが今年はB、Cと同様に2勝でトーナメント進出、2敗で失格という厳しいもの。さらには持ち時間も10分30秒と局数をこなすために慌ただしい。
1局目は、新戦法左穴熊バージョンVS向かい飛車、高美濃という実戦経験のある戦型になる。序盤は相手が大人しく駒組みしていたのでがっちり4枚の金銀を終結させる。一番いいタイミングで▲2五桂と単騎跳ねから飛車交換に持ち込むとやはり玉の固さが生きた。終盤はわかりやすく勝ち切ることができた。2局目は新戦法VS二枚銀になったがこれはあまり経験のない形。9筋を突き捨て8筋の歩を突いたところで飛車交換を迫ったのが問題で大差で敗れる。3局目は新戦法VS中住まいという珍しい戦型。中飛車に玉を真ん中に囲うのはやはりちょっと無理がある。いいタイミングで相手の玉頭に歩の楔が入り、カナ駒を打ち込むというわかりやすい展開で勝利。終盤も落ち着いて指せた。これで決勝トーナメントに進出。
地元の方々が用意したおいしい昼御飯を食べた後、すぐさまトーナメント戦が開始した。 戦型は2枚銀での押え込みVS新戦法。これもあまり実戦経験がない。序盤は5筋の歩を押え込みの銀で取られたところは若干苦しさを感じたが勝負形に持っていく。上の局面で72手目△7九角成と金を取った手が痛恨の敗着となってしまった。このときすでに30秒の秒読み、△5七角成からの詰み筋を読んでいるうちにチェスクロックのピッピッという無情な音が鳴り響く。角を持つ手がうまく動かず落としてしまい、ぎりぎり時間切れ寸前で符号で指したのだが・・・局後の検討では△5七角成▲7七玉 △6七金▲8六玉△8五銀▲9七玉△7九馬▲8八香、そこで△9二玉が終盤のテクニック。簡単な勝ちだっただけに残念。改めて反射神経の衰えを感じる。
帰りの抽選でマグロをゲット。夕飯の食卓にはまだ完全に解凍されていないマグロの切り身が盛りつけられた。
1局目は、新戦法左穴熊バージョンVS向かい飛車、高美濃という実戦経験のある戦型になる。序盤は相手が大人しく駒組みしていたのでがっちり4枚の金銀を終結させる。一番いいタイミングで▲2五桂と単騎跳ねから飛車交換に持ち込むとやはり玉の固さが生きた。終盤はわかりやすく勝ち切ることができた。2局目は新戦法VS二枚銀になったがこれはあまり経験のない形。9筋を突き捨て8筋の歩を突いたところで飛車交換を迫ったのが問題で大差で敗れる。3局目は新戦法VS中住まいという珍しい戦型。中飛車に玉を真ん中に囲うのはやはりちょっと無理がある。いいタイミングで相手の玉頭に歩の楔が入り、カナ駒を打ち込むというわかりやすい展開で勝利。終盤も落ち着いて指せた。これで決勝トーナメントに進出。
地元の方々が用意したおいしい昼御飯を食べた後、すぐさまトーナメント戦が開始した。 戦型は2枚銀での押え込みVS新戦法。これもあまり実戦経験がない。序盤は5筋の歩を押え込みの銀で取られたところは若干苦しさを感じたが勝負形に持っていく。上の局面で72手目△7九角成と金を取った手が痛恨の敗着となってしまった。このときすでに30秒の秒読み、△5七角成からの詰み筋を読んでいるうちにチェスクロックのピッピッという無情な音が鳴り響く。角を持つ手がうまく動かず落としてしまい、ぎりぎり時間切れ寸前で符号で指したのだが・・・局後の検討では△5七角成▲7七玉 △6七金▲8六玉△8五銀▲9七玉△7九馬▲8八香、そこで△9二玉が終盤のテクニック。簡単な勝ちだっただけに残念。改めて反射神経の衰えを感じる。
帰りの抽選でマグロをゲット。夕飯の食卓にはまだ完全に解凍されていないマグロの切り身が盛りつけられた。
大予言検証 ― 2008/12/08 23:52
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4775512633.html
ちょっと前に買い込んでいた予言モノのムックが手元にある。山口敏太郎監修 大予言検証―2012年人類滅亡は訪れるのか!? オークラ出版 2008年10月 を読んだ。表紙にはいま話題のジュセリーノの顔が見える。本人もこういうキワモノ予言本の表紙にバーンと顔写真が出てしまうのは本意ではないだろう。とかく最近は2012年ものの本を目にすることが多い。表紙に「ハルマゲドン商法にダマされるな!」とあるが、こういった本こそ売らんかなという便乗商売ではないだろうか。傑作なことに、監修者の山口氏が一相談者として現代の巫女"弥勒さま"にお伺いをたてた対話を特別インタビューとして巻頭カラーで掲載している。どんなすごい予言かと思いきや内容は至って平凡で、さらに言葉をそのまま引き移したために意味が取りづらい。
第1章「過去の予言者が遺した破滅のシナリオ」の冒頭に「ノストラダムスの予言」の記事が載っている。さて、どのような料理の仕方をしているかと期待しながら頁をめくってみると、懐かしい雑誌記事のコピーが目に入った。ノストラダムスサロンの雑誌記事一覧の1970年代を参照すると、左上が微笑1974.01.26号、右上は文芸春秋1974.01.21月号か。右下は週刊女性1974.01.05号、左下が週刊現代1974.02.07号である。ちなみに『ノストラダムスの大予言最終解答編』18頁のある大出版社の週刊誌の「笑うべきインチキ本、驚くべきデタラメ解釈」と決めつけた特集記事とは週刊現代のものである。そんな25年前のことでも五島氏はずっと覚えていて結構根に持つタイプのようだ。
話はそれたが、「ノストラダムスの予言」のまえがきには「ノストラダムスの再評価、またその正体を検証する」とある。そのスタンスは本のタイトル通りなのだが、内容はインターネット上の情報をかき集めたもので、911の偽予言やクロケットの極秘予言、六行詩などありきたりな感が強い。肝心の再評価といえば、「世界的な予言者に祀り上げられた悲劇の詩人」と見出しにある。確かに「マスコミや人々の幻想が必要以上に持ち上げた」というのは賛同できるが、悲劇というのはそぐわない感じがしてならない。
ちょっと前に買い込んでいた予言モノのムックが手元にある。山口敏太郎監修 大予言検証―2012年人類滅亡は訪れるのか!? オークラ出版 2008年10月 を読んだ。表紙にはいま話題のジュセリーノの顔が見える。本人もこういうキワモノ予言本の表紙にバーンと顔写真が出てしまうのは本意ではないだろう。とかく最近は2012年ものの本を目にすることが多い。表紙に「ハルマゲドン商法にダマされるな!」とあるが、こういった本こそ売らんかなという便乗商売ではないだろうか。傑作なことに、監修者の山口氏が一相談者として現代の巫女"弥勒さま"にお伺いをたてた対話を特別インタビューとして巻頭カラーで掲載している。どんなすごい予言かと思いきや内容は至って平凡で、さらに言葉をそのまま引き移したために意味が取りづらい。
第1章「過去の予言者が遺した破滅のシナリオ」の冒頭に「ノストラダムスの予言」の記事が載っている。さて、どのような料理の仕方をしているかと期待しながら頁をめくってみると、懐かしい雑誌記事のコピーが目に入った。ノストラダムスサロンの雑誌記事一覧の1970年代を参照すると、左上が微笑1974.01.26号、右上は文芸春秋1974.01.21月号か。右下は週刊女性1974.01.05号、左下が週刊現代1974.02.07号である。ちなみに『ノストラダムスの大予言最終解答編』18頁のある大出版社の週刊誌の「笑うべきインチキ本、驚くべきデタラメ解釈」と決めつけた特集記事とは週刊現代のものである。そんな25年前のことでも五島氏はずっと覚えていて結構根に持つタイプのようだ。
話はそれたが、「ノストラダムスの予言」のまえがきには「ノストラダムスの再評価、またその正体を検証する」とある。そのスタンスは本のタイトル通りなのだが、内容はインターネット上の情報をかき集めたもので、911の偽予言やクロケットの極秘予言、六行詩などありきたりな感が強い。肝心の再評価といえば、「世界的な予言者に祀り上げられた悲劇の詩人」と見出しにある。確かに「マスコミや人々の幻想が必要以上に持ち上げた」というのは賛同できるが、悲劇というのはそぐわない感じがしてならない。
竜王戦第六局は後手渡辺が急戦矢倉に ― 2008/12/10 23:56
http://live.shogi.or.jp/ryuou/
今日は北海道へ日帰り出張だった。一昔では全く考えられないが、便利になった分慌ただしいことこの上ない。往復10時間の長旅を終え帰宅した後連盟のサイトにアクセスしたところ今日から竜王戦第六局が始まったのに気づく。先週に続いてもう対局か、という感じだ。もっとも対局者本人は対局前後の移動や前夜祭もあるので次の対局を迎えるまであっという間であろう。ここまで渡辺がカド番から2勝を返してようやく竜王戦も盛り上がりを見せている。この勢いで本局の後手番を制すことができれば奇跡の3連敗後4連勝も夢ではない。なにせ負けてしまうとそこでタイトル戦がジエンドとなる大事な一局である。
渡辺の作戦に注目が集まった。羽生はここぞという大事な対局では先手番のとき矢倉を指向することが多い。そして高い勝率を誇っている。渡辺が後手番で何か秘策を用意しているなら出すのはここしかない。果たして渡辺は阿久津流△5五歩交換に一局の命運を託した。前例のある展開から渡辺の34手目△3一玉が主眼の一手だが▲6五歩と突かれるとどうなるのだろう。ここで羽生は長考に沈むが結局そう指さなかった。2筋の歩を角で交換したが後手は狙いの△6二角と引く。ここで羽生は長考に入りそのまま封じ手を行った。この局面では角筋を生かして後手から△2七歩~△2六歩と先手の飛車を押さえる手が見える。
封じ手の局面は手が広い。第一感は▲1五角である。次に▲2三歩と▲2六角の狙いがある。すんなり角交換できれば後手陣に角打ちのスキが多いので先手有利。しかし▲1五角には△7五飛▲2六角△2五飛▲2七歩で先手面白くない。▲3六歩から次に桂が跳ねれればいいのだが△2七歩~△2六歩、飛車切って△2七銀で自信が持てない。見れば見るほど先手の指し手が難しい。羽生の封じ手が楽しみである。もっとも明日は渡辺も封じ手に対して1時間以上は長考するだろう。
今日は北海道へ日帰り出張だった。一昔では全く考えられないが、便利になった分慌ただしいことこの上ない。往復10時間の長旅を終え帰宅した後連盟のサイトにアクセスしたところ今日から竜王戦第六局が始まったのに気づく。先週に続いてもう対局か、という感じだ。もっとも対局者本人は対局前後の移動や前夜祭もあるので次の対局を迎えるまであっという間であろう。ここまで渡辺がカド番から2勝を返してようやく竜王戦も盛り上がりを見せている。この勢いで本局の後手番を制すことができれば奇跡の3連敗後4連勝も夢ではない。なにせ負けてしまうとそこでタイトル戦がジエンドとなる大事な一局である。
渡辺の作戦に注目が集まった。羽生はここぞという大事な対局では先手番のとき矢倉を指向することが多い。そして高い勝率を誇っている。渡辺が後手番で何か秘策を用意しているなら出すのはここしかない。果たして渡辺は阿久津流△5五歩交換に一局の命運を託した。前例のある展開から渡辺の34手目△3一玉が主眼の一手だが▲6五歩と突かれるとどうなるのだろう。ここで羽生は長考に沈むが結局そう指さなかった。2筋の歩を角で交換したが後手は狙いの△6二角と引く。ここで羽生は長考に入りそのまま封じ手を行った。この局面では角筋を生かして後手から△2七歩~△2六歩と先手の飛車を押さえる手が見える。
封じ手の局面は手が広い。第一感は▲1五角である。次に▲2三歩と▲2六角の狙いがある。すんなり角交換できれば後手陣に角打ちのスキが多いので先手有利。しかし▲1五角には△7五飛▲2六角△2五飛▲2七歩で先手面白くない。▲3六歩から次に桂が跳ねれればいいのだが△2七歩~△2六歩、飛車切って△2七銀で自信が持てない。見れば見るほど先手の指し手が難しい。羽生の封じ手が楽しみである。もっとも明日は渡辺も封じ手に対して1時間以上は長考するだろう。
竜王戦第六局は渡辺の完勝で最終局へ ― 2008/12/11 23:51
http://live.shogi.or.jp/ryuou/index.html
竜王戦が開幕した当初は羽生の貫禄勝ちと思っていたのだが、この展開を誰が予想できただろうか。エキサイティングな3連敗から3連勝、渡辺がついに追いついた。例年竜王戦に入ると徐々に調子を挙げて無敵モードに入るスーパーアキラ伝説は今年も健在だった。ここまで来れば一応タイトルホルダーの責任は果たしたといえる。最終局は正真正銘永世竜王をかけた一局であるとともに、将棋界のジンクスを覆す初の3連敗4連勝が実現するかという歴史に残る大勝負となる。渡辺は後手番ながらとっておきの秘策を披露して羽生に粘る余地を与えずに完勝した。完全に自信も回復し勢いに乗っている。逆に羽生の元気のなさが気になるところだ。
将棋界で3連勝後の4連敗はないという事実は重い。もしも渡辺が奇跡の逆転防衛を実現したとすれば本当に強運の星のもとに生まれてきたとしかいようがない。相手は当代最強の羽生なのだから。羽生の封じ手は正統派の▲3六歩。しかし昨日予想したように48手目の△2七銀と飛車を捕獲したところまでは一本道。問題はこの局面をどう評価するかという大局観である。羽生は49手目△2二歩からなんとか手をつくろうとする。これに渡辺は最強の応手で応える。53手目▲2五飛と打ったところ玉との接近戦で怖いところだが渡辺は読み切っていた。57手目▲6五歩に対する△4四歩が渡辺の実力を発揮した一手。以下62手目△8四角と出ては大勢が決した。
羽生のこんな負け方は珍しい。羽生だってなかなか竜王戦の挑戦者になれなかっただけに今回の永世竜王のチャンス逃してしまうと次がいつになるか分からない。いくら羽生といえども40代目前にもなると力は衰えてくるのは間違いない。なんとしてでもここで決めるという強い意志が発揮できれば奪取の可能性も捨て切れない。最終局は将棋ファンのみならず日本中が注目する大一番となる。楽しみである。
竜王戦が開幕した当初は羽生の貫禄勝ちと思っていたのだが、この展開を誰が予想できただろうか。エキサイティングな3連敗から3連勝、渡辺がついに追いついた。例年竜王戦に入ると徐々に調子を挙げて無敵モードに入るスーパーアキラ伝説は今年も健在だった。ここまで来れば一応タイトルホルダーの責任は果たしたといえる。最終局は正真正銘永世竜王をかけた一局であるとともに、将棋界のジンクスを覆す初の3連敗4連勝が実現するかという歴史に残る大勝負となる。渡辺は後手番ながらとっておきの秘策を披露して羽生に粘る余地を与えずに完勝した。完全に自信も回復し勢いに乗っている。逆に羽生の元気のなさが気になるところだ。
将棋界で3連勝後の4連敗はないという事実は重い。もしも渡辺が奇跡の逆転防衛を実現したとすれば本当に強運の星のもとに生まれてきたとしかいようがない。相手は当代最強の羽生なのだから。羽生の封じ手は正統派の▲3六歩。しかし昨日予想したように48手目の△2七銀と飛車を捕獲したところまでは一本道。問題はこの局面をどう評価するかという大局観である。羽生は49手目△2二歩からなんとか手をつくろうとする。これに渡辺は最強の応手で応える。53手目▲2五飛と打ったところ玉との接近戦で怖いところだが渡辺は読み切っていた。57手目▲6五歩に対する△4四歩が渡辺の実力を発揮した一手。以下62手目△8四角と出ては大勢が決した。
羽生のこんな負け方は珍しい。羽生だってなかなか竜王戦の挑戦者になれなかっただけに今回の永世竜王のチャンス逃してしまうと次がいつになるか分からない。いくら羽生といえども40代目前にもなると力は衰えてくるのは間違いない。なんとしてでもここで決めるという強い意志が発揮できれば奪取の可能性も捨て切れない。最終局は将棋ファンのみならず日本中が注目する大一番となる。楽しみである。
ノストラダムスに見る「偉大なる君主」のテーマ ― 2008/12/13 23:51
エリック・ミュレーズが1975年に著した"Histoire et legende du grand monarque"(偉大なる君主の歴史と伝説)という本がある。手元の版は1978年第3刷。ミュレーズは『サンレミ・ド・プロヴァンスとノストラダムスの秘密』(1969年)で、古代ローマの舞台であったプロヴァンスの地からの予言の源泉を明かしている。予言集から未来を読み取ろうとする注釈者にとっては、偉大なる君主の到来というが未来のシナリオのひとつのクライマックスになっている。偉大なる君主の伝説は五世紀に遡る。このテーマはヨーロッパでは脈々と続いており、ミュレーズはいろいろな観点―天文学、歴史、予測、戦略、精神分析―からフランス王の可能性のある系図についても実証的に挑んでいる。
本書の4章「ノストラダムスを魅了する」で、予言集に見る偉大なる君主の先達と百詩篇の関わりについて記す。アルルの聖セザールの予言には偉大なる君主の原型として、ブロワの王、再び開花する百合、教皇の都、教会と君主の統一などの文句が見られる。この予言句は1524年ジャン・ド・ヴァティゲローにより発見され、リベル・ミラビリスのようなテクストを経てノストラダムスのモチーフに取り込まれたと見てよい。19世紀の注釈者トルネ・シャヴィニーはシャンボール伯こそアンリ五世と見たが実現しなかった。20世紀に入ってもド・フォンブリュヌ博士が1980年頃までにアンリ五世が現れると解釈したり、息子のシャルルもそれを引き継いだが未だに偉大なる君主は現れていない。
ミュレーズは百詩篇4-24、4-86、5-87、4-5を関連する四行詩と見る。4-86の「水のなか土星は太陽と合にある年」を偉大なる君主到来の日付が隠されている。イオネスクは『ノストラダムスメッセージⅡ』163頁で、1999年の詩とリンクして、この君主の戴冠を2033年と解釈している。ミュレーズも年代の特定を試みている。四行詩に書かれた詩篇を分析し1980-1990年を時の終わりの前の偉大なる君主の登場としている。モチーフは同一でも予言の実現を自分の近未来に置きたいという欲求は普遍的なようである。
本書の4章「ノストラダムスを魅了する」で、予言集に見る偉大なる君主の先達と百詩篇の関わりについて記す。アルルの聖セザールの予言には偉大なる君主の原型として、ブロワの王、再び開花する百合、教皇の都、教会と君主の統一などの文句が見られる。この予言句は1524年ジャン・ド・ヴァティゲローにより発見され、リベル・ミラビリスのようなテクストを経てノストラダムスのモチーフに取り込まれたと見てよい。19世紀の注釈者トルネ・シャヴィニーはシャンボール伯こそアンリ五世と見たが実現しなかった。20世紀に入ってもド・フォンブリュヌ博士が1980年頃までにアンリ五世が現れると解釈したり、息子のシャルルもそれを引き継いだが未だに偉大なる君主は現れていない。
ミュレーズは百詩篇4-24、4-86、5-87、4-5を関連する四行詩と見る。4-86の「水のなか土星は太陽と合にある年」を偉大なる君主到来の日付が隠されている。イオネスクは『ノストラダムスメッセージⅡ』163頁で、1999年の詩とリンクして、この君主の戴冠を2033年と解釈している。ミュレーズも年代の特定を試みている。四行詩に書かれた詩篇を分析し1980-1990年を時の終わりの前の偉大なる君主の登場としている。モチーフは同一でも予言の実現を自分の近未来に置きたいという欲求は普遍的なようである。
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