衝撃!21世紀の大予言 ― 2008/12/01 23:12
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4776726203.html
先週出張先のホテル近くのコンビニへ入ってみたところ、書籍コーナーで「大予言」の文字が目に入ってきた。手に取ってみると「オール新作読み切り・実録&実話描き下ろしコミック」とある。何気なく裏表紙を見ると「21世紀のノストラダムス大予言!」という章がある。その副題には「世紀の終末大予言はハズれていなかった」とありきたりな枕が置かれていた。今更どんなストーリーでコミックが描かれているのだろう。原作はクエストバイクエストとあるが単なるオカルトライターではないか。ノストラダムスの終末大予言といえば、有名な1999年の詩、一応原文と訳文を載せている。
この原文を見ると、古い綴りvn、Roy、Auantが現代の正字法に書き換わっているにも関わらずdeffraieurはアポストロフィのない古い綴りを採用と一貫性が感じられない。こんな奇妙なテクストはどこから来たのか。ふと思い当たるのはウィキペディアの「ミシェル・ノストラダムス師の予言集」である。比較してみると、まったくの丸写しであることが判明する。最近のこういった予言もののムックはお手軽で実に安直に作られている。恐怖の大王をオスマン帝国とした解釈は非常に特異なもの。これは『少年チャンピオン』1999年5月6、13日号の「直撃!ノストラダムス超真相」で山本弘氏が監修した解釈だが市民権を得ているとはいえない。
その後の内容も、適当な寄せ集めで不正確なものばかり。セックス関連の予言が100編に達しているとか、西暦3657年までの予言を残した(3797年の読み違い?)というのは根拠のない書き散らしに過ぎない。主な予言として挙げられたものもあまりにも歪められており、いったいどの四行詩からこういう解釈を引き出したか、考えも及ばない。旬の時期をとうに過ぎてしまったノストラダムスを最近のムックで取り上げるのは何故だろう。まだまだ終末予言のブランドとして通用するとでも思っているのだろうか。
先週出張先のホテル近くのコンビニへ入ってみたところ、書籍コーナーで「大予言」の文字が目に入ってきた。手に取ってみると「オール新作読み切り・実録&実話描き下ろしコミック」とある。何気なく裏表紙を見ると「21世紀のノストラダムス大予言!」という章がある。その副題には「世紀の終末大予言はハズれていなかった」とありきたりな枕が置かれていた。今更どんなストーリーでコミックが描かれているのだろう。原作はクエストバイクエストとあるが単なるオカルトライターではないか。ノストラダムスの終末大予言といえば、有名な1999年の詩、一応原文と訳文を載せている。
この原文を見ると、古い綴りvn、Roy、Auantが現代の正字法に書き換わっているにも関わらずdeffraieurはアポストロフィのない古い綴りを採用と一貫性が感じられない。こんな奇妙なテクストはどこから来たのか。ふと思い当たるのはウィキペディアの「ミシェル・ノストラダムス師の予言集」である。比較してみると、まったくの丸写しであることが判明する。最近のこういった予言もののムックはお手軽で実に安直に作られている。恐怖の大王をオスマン帝国とした解釈は非常に特異なもの。これは『少年チャンピオン』1999年5月6、13日号の「直撃!ノストラダムス超真相」で山本弘氏が監修した解釈だが市民権を得ているとはいえない。
その後の内容も、適当な寄せ集めで不正確なものばかり。セックス関連の予言が100編に達しているとか、西暦3657年までの予言を残した(3797年の読み違い?)というのは根拠のない書き散らしに過ぎない。主な予言として挙げられたものもあまりにも歪められており、いったいどの四行詩からこういう解釈を引き出したか、考えも及ばない。旬の時期をとうに過ぎてしまったノストラダムスを最近のムックで取り上げるのは何故だろう。まだまだ終末予言のブランドとして通用するとでも思っているのだろうか。
懐疑論者の事典(下) ― 2008/12/02 23:49
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4903063135.html
ちょっと用事があって池袋のジュンク堂という大型書店に初めて行った。1階の入口のところには広いスペースのレジに店員が並んでいる。B1Fから9Fまでの10のフロアーに物凄い量の本が所狭しと並んでいる。本は棚ごとにテーマ分けされており専門書の充実には驚くばかりである。4Fには歴史・宗教・哲学関係の本が並んでいる。何か目ぼしいノストラダムス本でもないかと見ると、ラメジャラーの本と『ノストラダムスの万能薬』、岩波の2冊が置いてあった。ジュンク堂は前日の在庫をウェブ上で検索できるので目当ての本が即購入できるか、非常にわかりやすい。たまたま同じ列の棚を見ると『懐疑論者の事典』(上)(下)が目に留まった。
本の帯には宮崎哲弥氏の推薦文が載っている。どうもオカルトや疑似科学を懐疑的に解説した事典のようだ。頁数は500頁近いが比較的字が大きいし行間を広く取っているので読みやすい。事典なので五十音順にテーマが並ぶ。各々のテーマについては短編の読み物のような感じを受ける。これまで見聞きしたものも多く、懐疑という立場でどう論じているか、なかなか興味深い。懐疑といえば、まずはノストラダムスの項をチェック。関連書を出している菊池聡氏や皆神龍太郎氏が日本語版編集委員に名を連ねている。その記述は信奉者側と懐疑論者側の両方の立場での客観的見方に好感が持てる。が、解説している内容に特に目新しいものはない。一応2001年の偽予言についてひととおり整理がなされている。
少々気になったのが、論じている内容とは直接関係がないのだが太字で「靴べら的行為」という聞き慣れないキーワードが2ヵ所に。いったいどういう意味なのだろうか。靴べら的行為で予言にあてはめる、とか、こじつける、とあるので文脈からは、自分の都合のいいよう強引にこじつけを行う、という感じか。この事典は巻末の参考文献や索引がきちんと編集されていて便利である。ひとまず下巻を購入してみたが、できれば上巻のほうも読んでみたいと思う。
ちょっと用事があって池袋のジュンク堂という大型書店に初めて行った。1階の入口のところには広いスペースのレジに店員が並んでいる。B1Fから9Fまでの10のフロアーに物凄い量の本が所狭しと並んでいる。本は棚ごとにテーマ分けされており専門書の充実には驚くばかりである。4Fには歴史・宗教・哲学関係の本が並んでいる。何か目ぼしいノストラダムス本でもないかと見ると、ラメジャラーの本と『ノストラダムスの万能薬』、岩波の2冊が置いてあった。ジュンク堂は前日の在庫をウェブ上で検索できるので目当ての本が即購入できるか、非常にわかりやすい。たまたま同じ列の棚を見ると『懐疑論者の事典』(上)(下)が目に留まった。
本の帯には宮崎哲弥氏の推薦文が載っている。どうもオカルトや疑似科学を懐疑的に解説した事典のようだ。頁数は500頁近いが比較的字が大きいし行間を広く取っているので読みやすい。事典なので五十音順にテーマが並ぶ。各々のテーマについては短編の読み物のような感じを受ける。これまで見聞きしたものも多く、懐疑という立場でどう論じているか、なかなか興味深い。懐疑といえば、まずはノストラダムスの項をチェック。関連書を出している菊池聡氏や皆神龍太郎氏が日本語版編集委員に名を連ねている。その記述は信奉者側と懐疑論者側の両方の立場での客観的見方に好感が持てる。が、解説している内容に特に目新しいものはない。一応2001年の偽予言についてひととおり整理がなされている。
少々気になったのが、論じている内容とは直接関係がないのだが太字で「靴べら的行為」という聞き慣れないキーワードが2ヵ所に。いったいどういう意味なのだろうか。靴べら的行為で予言にあてはめる、とか、こじつける、とあるので文脈からは、自分の都合のいいよう強引にこじつけを行う、という感じか。この事典は巻末の参考文献や索引がきちんと編集されていて便利である。ひとまず下巻を購入してみたが、できれば上巻のほうも読んでみたいと思う。
女流名人位戦は三者のプレーオフに ― 2008/12/03 23:54
http://hochi.yomiuri.co.jp/leisure/shogi/index.htm
里見がすんなり挑戦者になるか注目された女流名人位戦A級最終局が行われた。世間の注目度も高いことから挑戦に関わる2局がネット中継された。里見は先ごろタイトル戦を戦ったばかりの清水と、もう一局は千葉-上田戦。1敗の里見を2敗の清水と千葉が追う展開になっている。棋譜を並べてみると、千葉-上田戦は千日手になり指し直し局も相穴熊の展開になった。2局とも女流らしい大味な将棋で角を切っては金銀を張りつくといった直接手が目につく。お互いに勝ちたいという気持ちは伝わってくるが、正直いって鑑賞に堪える将棋ではない。
里見-清水戦は、先手里見の中飛車に対して、清水は舟囲いから昔指されたクラシカルな陣形に構える。里見の実戦経験の少ない形に持ち込み自分の土俵で戦おうという作戦だ。今指されている中飛車の流行形を外して力で勝負というのは清水が本気で勝ちにきている証左である。こうした将棋は中盤のねじり合いになりやすい。本局も押したり引いたりとずっと互角の形勢が続く。里見の力が清水と互角にわたりあえるレベルに達したことがわかる。上図は後手が金取りに竜を引いたところ。ここで先手が▲6七桂と打ったのがどうだったか。4筋を取り込まれて打った桂を只で取られてしまい形勢を損ねた。
自分なら桂を温存して▲5八金上と指したい。そうすればまだまだ難しい将棋であったろう。持ち時間もなかったか、89手目▲8二角と打ったのが粘りを欠いた。すかさず△6三歩を打たれては角が働かなくなる。自陣が鉄壁の後手は一方的に攻めて寄せ切った。これで三者のプレーオフ。まずは里見-千葉、その勝者が挑戦者をかけて清水と対戦する。里見は本割で負けた二人を突破しなければ挑戦者に届かない。女流名人位という夢を実現することができるか。
里見がすんなり挑戦者になるか注目された女流名人位戦A級最終局が行われた。世間の注目度も高いことから挑戦に関わる2局がネット中継された。里見は先ごろタイトル戦を戦ったばかりの清水と、もう一局は千葉-上田戦。1敗の里見を2敗の清水と千葉が追う展開になっている。棋譜を並べてみると、千葉-上田戦は千日手になり指し直し局も相穴熊の展開になった。2局とも女流らしい大味な将棋で角を切っては金銀を張りつくといった直接手が目につく。お互いに勝ちたいという気持ちは伝わってくるが、正直いって鑑賞に堪える将棋ではない。
里見-清水戦は、先手里見の中飛車に対して、清水は舟囲いから昔指されたクラシカルな陣形に構える。里見の実戦経験の少ない形に持ち込み自分の土俵で戦おうという作戦だ。今指されている中飛車の流行形を外して力で勝負というのは清水が本気で勝ちにきている証左である。こうした将棋は中盤のねじり合いになりやすい。本局も押したり引いたりとずっと互角の形勢が続く。里見の力が清水と互角にわたりあえるレベルに達したことがわかる。上図は後手が金取りに竜を引いたところ。ここで先手が▲6七桂と打ったのがどうだったか。4筋を取り込まれて打った桂を只で取られてしまい形勢を損ねた。
自分なら桂を温存して▲5八金上と指したい。そうすればまだまだ難しい将棋であったろう。持ち時間もなかったか、89手目▲8二角と打ったのが粘りを欠いた。すかさず△6三歩を打たれては角が働かなくなる。自陣が鉄壁の後手は一方的に攻めて寄せ切った。これで三者のプレーオフ。まずは里見-千葉、その勝者が挑戦者をかけて清水と対戦する。里見は本割で負けた二人を突破しなければ挑戦者に届かない。女流名人位という夢を実現することができるか。
竜王戦第五局は相矢倉の最新形に ― 2008/12/04 23:49
http://live.shogi.or.jp/ryuou/index.html
早いものでついこの間第四局が行われたと思ったらその一週間後にはもう第五局が始まった。渡辺の奇跡的な逆転勝ちから興奮がまだ冷めやらぬうちに次の対局へと進んでいく。竜王戦は年末にかけて毎週対局がある過密スケジュールになっている。渡辺も勢いに乗れればまだまだ羽生を追い詰めることが可能である。そのためにも本局の先手番はブレイクしておきたいところだ。注目の羽生の作戦は、第一局、第三局で採用した一手損角換わりとはうって変わって矢倉を選ぶ。普通に考えると後手番の矢倉は守勢になるし、ましては矢倉は渡辺の得意戦法である。敢えて相矢倉を受けて立ったのは何か秘策があるはず。
棋譜を並べてみると、おなじみの飛先不突き矢倉の▲3七銀戦法。これだけ数多く指されているのに、いまだに同じ形が出現するというのだから矢倉戦法は間口が広く変化無限である。羽生は銀を囲いに引きつけて専守防衛の構えをとる。これも定跡形で実戦例も豊富である。先手は47手目▲6五歩から角を攻める。これに対し羽生の試したかった手が50手目の△2一玉ではないだろうか。今年の10月に宮田五段が指した手で後手が勝っている。51手目▲7五歩から渡辺-羽生戦が始まった。果たして渡辺はこの局面を想定していただろうか。後手から△4五歩の反撃が見えているだけにこの辺りで形勢に差のつく可能性がある。
封じ手の局面は後手が△4五同桂と桂馬を取ったところ。これを▲同銀では△4四歩で銀が死んでしまう。一目▲7四歩と打ちたいが△6二角から4四に出られる筋が気になる。先手からの▲7七角は後手玉が2一なので響きが薄い。攻め方に迷うところだけにここは一旦▲1五歩としたい。△同歩はほぼ必然なので一晩で攻め筋をじっくり考えたいところ。渡辺は負けると後がない背水の陣。悔いの残らないようスリリングな終盤戦を期待したい。
早いものでついこの間第四局が行われたと思ったらその一週間後にはもう第五局が始まった。渡辺の奇跡的な逆転勝ちから興奮がまだ冷めやらぬうちに次の対局へと進んでいく。竜王戦は年末にかけて毎週対局がある過密スケジュールになっている。渡辺も勢いに乗れればまだまだ羽生を追い詰めることが可能である。そのためにも本局の先手番はブレイクしておきたいところだ。注目の羽生の作戦は、第一局、第三局で採用した一手損角換わりとはうって変わって矢倉を選ぶ。普通に考えると後手番の矢倉は守勢になるし、ましては矢倉は渡辺の得意戦法である。敢えて相矢倉を受けて立ったのは何か秘策があるはず。
棋譜を並べてみると、おなじみの飛先不突き矢倉の▲3七銀戦法。これだけ数多く指されているのに、いまだに同じ形が出現するというのだから矢倉戦法は間口が広く変化無限である。羽生は銀を囲いに引きつけて専守防衛の構えをとる。これも定跡形で実戦例も豊富である。先手は47手目▲6五歩から角を攻める。これに対し羽生の試したかった手が50手目の△2一玉ではないだろうか。今年の10月に宮田五段が指した手で後手が勝っている。51手目▲7五歩から渡辺-羽生戦が始まった。果たして渡辺はこの局面を想定していただろうか。後手から△4五歩の反撃が見えているだけにこの辺りで形勢に差のつく可能性がある。
封じ手の局面は後手が△4五同桂と桂馬を取ったところ。これを▲同銀では△4四歩で銀が死んでしまう。一目▲7四歩と打ちたいが△6二角から4四に出られる筋が気になる。先手からの▲7七角は後手玉が2一なので響きが薄い。攻め方に迷うところだけにここは一旦▲1五歩としたい。△同歩はほぼ必然なので一晩で攻め筋をじっくり考えたいところ。渡辺は負けると後がない背水の陣。悔いの残らないようスリリングな終盤戦を期待したい。
竜王戦第五局は渡辺が勝って2-3に ― 2008/12/05 22:46
http://live.shogi.or.jp/ryuou/index.html
さきほど報道ステーションというテレビ番組で本日の竜王戦の結果について報道があった。お目当てはもちろん羽生の永世七冠の偉業達成である。現地には羽生の竜王奪取に備えて多くのテレビクルーが入っていたことだろう。結果は渡辺が勝って永世七冠のニュースは次回に持ち越しとなった。棋譜を並べてみると、久々の渡辺の会心譜だったように思う。渡辺の最大の持ち味である攻めの威力が存分に発揮されている。中盤まではずっと互角で難しい形勢であったが、さすがの羽生といえども渡辺に一方的に攻められては勝機をつかむのは難しい。
渡辺が103手目▲5三金と打って詰めろをかけたところでは決まったかと思われた。羽生も△9七銀~△2四角と手順を尽くして粘るが、111手目▲3五歩が読みの入った決め手となった。渡辺の実力を示した手でさしもの羽生もここで負けを悟ったようだ。以下は△4七馬を形を作って即詰みに打ちとられた。羽生相手にこういう強い勝ち方ができたことで渡辺は自信を取り戻したのではないだろうか。まだカド番で苦しいことに変わりはないが、次の後手番を凌げるかどうかが大きなポイントとなる。・・・封じ手は予想通り▲1五歩と端を攻める。以下は停滞することなく銀を捨てての猛攻が続く。
73手目の飛車桂両取りに桂馬を打った手に両取り逃げるべからずと▲6四歩と突いたのが驚愕の一手。駒の損得だけ見ると、と金を作ったとはいえ先手飛車の丸損である。これで細い攻めが続けば先手が優勢になる―渡辺の大局観が十二分に発揮されたと言える。3連敗後の4連勝がない将棋界。今の渡辺を見るとドでかいことを期待させてくれる。
さきほど報道ステーションというテレビ番組で本日の竜王戦の結果について報道があった。お目当てはもちろん羽生の永世七冠の偉業達成である。現地には羽生の竜王奪取に備えて多くのテレビクルーが入っていたことだろう。結果は渡辺が勝って永世七冠のニュースは次回に持ち越しとなった。棋譜を並べてみると、久々の渡辺の会心譜だったように思う。渡辺の最大の持ち味である攻めの威力が存分に発揮されている。中盤まではずっと互角で難しい形勢であったが、さすがの羽生といえども渡辺に一方的に攻められては勝機をつかむのは難しい。
渡辺が103手目▲5三金と打って詰めろをかけたところでは決まったかと思われた。羽生も△9七銀~△2四角と手順を尽くして粘るが、111手目▲3五歩が読みの入った決め手となった。渡辺の実力を示した手でさしもの羽生もここで負けを悟ったようだ。以下は△4七馬を形を作って即詰みに打ちとられた。羽生相手にこういう強い勝ち方ができたことで渡辺は自信を取り戻したのではないだろうか。まだカド番で苦しいことに変わりはないが、次の後手番を凌げるかどうかが大きなポイントとなる。・・・封じ手は予想通り▲1五歩と端を攻める。以下は停滞することなく銀を捨てての猛攻が続く。
73手目の飛車桂両取りに桂馬を打った手に両取り逃げるべからずと▲6四歩と突いたのが驚愕の一手。駒の損得だけ見ると、と金を作ったとはいえ先手飛車の丸損である。これで細い攻めが続けば先手が優勢になる―渡辺の大局観が十二分に発揮されたと言える。3連敗後の4連勝がない将棋界。今の渡辺を見るとドでかいことを期待させてくれる。
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