黒沼健と「3797年」 ― 2026/09/26 09:52
博士論文232頁にはちょっと気になる文章がある。
これらの記事であれ、黒沼の解釈であれ、 予言の最後の年である「3797年」を文字通り西暦と解釈していたこともあり、1999年に人類が滅亡すると脅すようなものではなかった。
また同書233頁にはこうある。
(前略)ノストラダムスが西暦3797年に至る世界を予言していたという立場だった黒沼や南山の紹介に比べて、1999年の人類滅亡が不可避であるかのような、遙かに極端な受容がされることになった(前章参照)。
いずれも黒沼健が3797年に言及したかのように受け取れる。参考文献には、 黒沼健『謎と怪奇物語』、新潮社、1957年。とあるので参照してみたがそんな記述はどこにも見当たらない。それどころか黒沼の書いたタイトルは「七十世紀の大予言」とあるのだ。そして51頁には「・・・彼の予言は実に紀元7000年の未来まで渉っていたからである。」61頁には「それに次いでノストラデムスは自己の運命を予言して、「紀元七千年に至る真実なる大予言」に最後のピリオッドを打っている。」これでどうして黒沼が3797年に言及したというのか理解に苦しむ。このスタンスは『未来をのぞく話』(1962)でも変わりなく、『古代大陸物語』(1963)ではもう少し具体的な内容に踏み込んで「”大きな数の年”—紀元7000年である。そして、最後の審判の日がやってくる。ノストラダムスは、それを紀元7000年と予見したのである。」と書いている。さらに同書196頁のあとがきでも「ノストラダムスは、それを予言しているのです。紀元七千年—まだまだ六千年以上先のことです」とA氏に応えている。
怪奇の窓➁(1966)に発表した「恐怖の一九九九年」というエッセイでも黒沼の立場は同じである。ちなみにエッセイの中で黒沼は1999年の詩を次のように紹介している。「一九九九年第七の月 恐ろしい王が空から舞い降りるだろう このため各地に一揆が起こり大混乱に陥る そして最後の勝利は正しいものが獲る」一揆が起こるという訳はヘンリー・C・ロバーツの奇妙な英訳「ジャックリー」を意識したものか。さらに1961年に刊行されたスチュワート・ロッブの解説書にある宇宙人の来襲説についても触れている。でも結局は「ノストラダムスの予言詩は、地球人の運命は”最後の審判の日”に決定するといっている。しかも、これは紀元七千年のことで、いまからおよそ五千年先である。」とそのスタンスはまったく変わっていない。ちなみにこのエッセイは『空飛ぶ円盤の謎と怪奇』(1974)に再録され、その本のあとがきにこう記している。「・・・ノストラダムス自身あの予言詩には”紀元七千年にいたる真実なる大予言”という副題をつけていて、人類の運命が決せられるのは紀元七千年といっているのである。」五島勉『ノストラダムスの大予言』の1999年人類滅亡という新説を一蹴している。
博士論文でなぜ黒沼が語ってもいない3797年を持ち出したのかはよくわからない。黒沼を権威付けに利用しようとした五島勉の言葉がなんとなく脳裏に蘇ってくる。「詩が100篇ずつの『サンチュリ』が集まっているので『諸世紀』って、黒沼さん以来、われわれ日本の研究者が苦心してつけた題なんですけどね。」(『1999年対談集』74頁)もちろん黒沼はそんなことは一言も語っていない。

1555年版ノストラダムス予言集 アルビ標本とウィーン標本 ― 2026/09/25 17:26
1555年版ノストラダムス予言集には現在3点の標本の現存が知られている。公共図書館で公開されているのはアルビ標本とウィーン標本。ウィーン標本がアルビ標本の誤植を修正した訂正再版であることは研究者の間でまったく異論がない。ただし、そこにノストラダムスの意思が反映されているというのを証明するのは難しい。そもそも当時の印刷業界では著者自身が校正するという慣習がなかった。博士論文のなかで疑問なのが、II-25のgarde (歩哨)とgarce (若い女)の違いが訂正されたものと断じているところだ。ギヨーム・トナズによるウィーン標本と、1557年ユトレヒト標本および1568年ドレスデン標本(Nr.97)のテキスト比較リストを見てもgardeになっており、植字工による誤植の可能性と見るのが自然であろう。博士論文112頁で改訂版が1557年版で先祖返りしたという論旨をラブレーやフロベールから引き出しているが、それをノストラダムスに適用するのはいささか過ぎている。パトリス・ギナールがいうように、ウィーン標本はアルビ標本の印刷からそんなに日を置かずに組版し直されて印刷されたと見るのが妥当である。ギヨーム・トナズの解説のように、いくつかの単語がスペースなしで併記されたり、スペルミスが修正されたりしているが、本文に重要な修正は見当たらない。つまりこれらの急ごしらえのささいな修正は植字工の判断で行ったとしか思えない。
博士論文110頁では、19世紀のルイ・ジモンを引用して「前章(89頁)で見た暦書を巡る訴訟のように、自著の正確な印刷に拘っていたことが分かる」というが本当だろうか。もともとの話は、未刊行書簡IIでジャン・ブロトーのいうような、1554年に送られた二本立ての暦書の原稿があまりにも冗長なので短く編集したいといったことへの反撥ではないか。当時ノストラダムスの予言ビジネスは二本立て、三本立てで刊行するほど、かなりの産業になりつつあった。植字の細かい誤植に拘っていたとまでは読み切れない。ブランダムールの「第2巻まで刷本についてノストラダムスが取り急ぎ確認できた範囲のみを反映させた結果」を引用しているが、ウィーン標本にも誤りがある。(ちなみに博士論文の注釈13のXXIXXIIはXXI-XXIIの誤記)そもそも中途半端に第2巻までという論が現実味に乏しい。複数の植字工の作業によるバラツキの可能性が高いと見る。植字工だってできるだけ正確な校正を心がけているが人間のやることには当然ミスはつきもの。ちなみに当時は印刷が終わったら原稿を処分するのが一般的だった。誤りで一番顕著なのがサンチュリ第3巻のタイトルで、装飾的な木版画が頭から反転しており、NOSTRADAMUSの「R」の文字が欠けている。(画像参照)仮にノストラダムス本人が校正を厳密に行っていたとすればこんな目立ったミスは見逃すことはないだろう。よって「1555Aよりも1555Vの方がノストラダムスの意志を反映しているという推論」は積極的に支持できるものではない。
353篇の謎 ― 2026/09/21 22:42
sumaruさんの博士論文「ノストラダムス『予言集』の成立過程と史的展開」の109頁には「初版に収録された詩篇が353篇という中途半端な数であることについて、有力な仮説はない。」とある。ノストラダムスの予言集の1555年初版には100篇ずつ3巻の詩百篇と4巻は53篇が収録されている。そしてご丁寧にFIN(了)と書き添えてある。レイアウトからしてもう一、二篇追加することもできたはずである。詩篇の数を計353篇にしたのは著者の意図的なものがあったのは間違いない。これについては定説があるわけではないが、ロシアのペンゼンスキーは通常のユダヤ暦の1年に相当する象徴的な数字としている。ユダヤ暦の太陰暦の1年の長さは353日から360日まであり、ノストラダムスはその最小値を採用したと説明している。(『ノストラダムスの神話』141頁)そしてユダヤ暦の世界の創造紀元を前3761年を基準とした353年として惑星周期を展開したとみる。この場合月の時代は1534年から、太陽の時代は1887年、土星の時代は2240年からとなる。このようにノストラダムスがリシャール・ルーサの説明するトリテミウス周期354年4カ月をアレンジしたものと捉えている。
予言集初版は序文からもわかるように生まれたばかりの息子のセザールに宛てて書かれたものである。となればセザールに関係する数字を設定したと見るのが自然ではないか。ここではペンゼンスキーのいうユダヤ暦をもう一歩進めて考えてみたい。ユダヤ暦は太陰太陽暦である。月の満ち欠けの周期で12ヶ月を決めると,太陽暦の1年より少なくなるので,19年で7回の閏月が追加される。閏年は19年周期の3,6,8,11,14,17,19年目。セザールが生まれたのは1553年12月18日。このときのユダヤ暦の年はAM(アンノ・ムンディ)5314、ユリウス暦では1553年9月9日〜1554年8月29日に該当する。年の種類は平年・353日(欠損年)となる。ユダヤ暦の平年の種類は3つで353日(欠損年)、354日(通常年)、355日(完全年)がある。ちなみに予言集初版の1555年を含む年はAM 5315(384日の閏年)となる。ユダヤ暦の閏年の種類は383日:欠損年、384日:通常年、385日:完全年がある。こうしてみると、セザールが誕生した年のユダヤ暦の正確な日数353がノストラダムスが意図した詩篇の数と一致する。
ノストラダムスは実際にユダヤ暦を意識していたのだろうか。ノストラダムスがベニヤミン族の末裔を自称していたことはスカリジェールの書いた詩篇から窺える。「何故ノストラダムスは預言者を自称するのか。彼日く、ベニャミン族の末裔だからだと。」(博士論文23頁)ダニエール・イアンク=アグーの『ノストラダムスの出自』78-79頁にはこうある。
J.P.ド・エイツェ による、実にふさわしい聖書の引用を伴うイッサカル族の説と、J.-C.スカリザーが意地悪げに提唱したベニヤミン族の説との間では、我々は後者に傾く。というのも、セザール・ド・ノートルダムがそれを採用したからだ……70歳に近づく頃、彼はもはや自身の出自を隠さなくなっていた。1622年に出版に向けて準備されたが、結局原稿のままとなった彼の重要な韻文作品(17,000行からなる17巻)『ヒッピアード、あるいはゴドフロワと騎士たち』の冒頭部分で、詩人は9つの四行詩からなる擬人化を挿入している。その7番目は、次のように書かれている:
「今や、老いの重荷が肩や足、そして目にものしかかっている。愛する息子よ、私としては、ベニヤミンの子孫が愛されることを願っている」。
息子のセザールも、それが事実かどうかは別にして父親からベニヤミン族の末裔というのを聞かされていたのだろう。親子ともども世間へはユダヤという色をできるだけ消していたが内々では先祖のユダヤを意識していたといえる。ノストラダムス本人もその話を先祖から聞いていた可能性が高い。スカリジェールと親密だった時についその話をしてしまい、それを覚えていて非難の材料に用いたと見るのが自然である。四行詩353篇というのは内輪だけにわかるユダヤとの関りを示したものではなかったか。あくまでもひとつの仮説として提示してみたい。
ノストラダムス『予言集』の成立過程と史的展開 ― 2026/09/15 16:22
久しぶりの更新となるがこれは書き残しておかねばなるまい。sumaruさんの博士論文「ノストラダムス『予言集』の成立過程と史的展開」が国立国会図書館のデジタルコレクションで読めるとあって、さっそく国会図書館に行って全ページをコピーしてきた。国会図書館へ行くのはほぼ2年ぶりなので中がどんな状況かと思いきや、椅子席の端末が減って、代りに立ち席の端末が増えているような印象。論文の全枚数が403頁ということで端末でファイルを呼び出し1回の上限の100枚ずつ印刷請求し、5回ですべてのページが入手できた。ちなみにデジタルデータの印刷は@16円なので全部で税込み7092円。
レジメは事前に確認していたがsumaruさんがこれまでに発表したレポートや論文がきちんと整理された重厚な仕上がりとなっている。7年間の研究成果がぎっしりと詰まっている記念碑的な作品だ。筆者は大のノストラダムスファンとして常々良質なノストラダムス論を読みたいと、これまで随分と海外文献を渉猟してきた。ずっとノストラダムスをウォッチャーしてきたのだが、五島勉著『ノストラダムスの大予言』から半世紀以上過ぎ、さらにブームの起きた1999年からも四半世紀以上過ぎている。そんな状況で日本人がノストラダムス研究をまとめた博士論文を、自分の目の黒いうちに読むことができるというのは本当にありがたい。論文61頁で本ブログの記事について脚注で触れているのは驚いた。さらに1枚1枚丁寧に読んでいくと最後のところの謝辞に自分の名前が出てきたのには思わず「えーえーえっー」(Uber EatsのCM風)と声が出てしまったほどだ。博士論文に関して特段資料協力したことはなかったが随分と持ち上げていただいたと感謝している。
枚数が403頁もありバラバラのままでは扱いにくいので、OCR付のスキャンし電子データ化した後で近所の製本所に持ち込み製本してもらった。(画像参照)ちなみに費用は5000円。上のウェブサイトの画像に比べると2倍の厚さに見える。オリジナルはおそらく両面コピーしたものを製本したのだろう。とにかくノストラダムス研究の博士論文で学位を取ったというのが本当に素晴らしい。いまはデジタル時代で世の中には多くの情報があふれている。そんななかでノストラダムスの予言集のデジタルデータを参照できるようにURLを記載しているのは今風の論文といえる。自分も知らなかった1561年版や1594/95年版のテキストは新研究の成果といえるだろう。研究論文というのは新たな仮説を提示してそれを検証するというのが必須である。その通りに新しい仮説をいろいろと提示しているのもうれしい。ただ、その中身は必ずしも賛同できないものもある。
さらに情報がアップデートされていないものも見受けられる。1605年版の偽年代の問題はなにかしらの結論を出しているのかと期待したが残念。これについては別途述べてみたい。1557年版のモスクワの所蔵本についてベナズラの「おそらく、ソ連の兵士によって(ミュンヘン図書館から)持ち出され、その後モスクワに渡った」を引用しているが、ルミャンツェフ図書館の印は、このユニークな本が革命前からロシアにあったことを示している。(アレクセイ・ペンゼンスキー『ノストラダムスの神話』43p)実際にRGBのWebサイトをみても「RGBのEKコレクション 1831年以前に作成された文書の目録」とこれを裏付けている。ザヴァリシンはモスクワとミュンヘンの標本をきちんと分けて論じている。(V.K.ザヴァリシン『ノストラダムス・ サンチュリ』66p)ボリス・パステルナークはゲーテの『ファウスト』を翻訳する過程で、レーニン図書館を訪れ、1557年版の『サンチュリ』という希少本を利用したという。(同書68p)ミュンヘン標本(クリンコウストロエムの論文にあるもの、画像参照)は左側にRのマークがついておりまったく別のものである。

末尾に置かれた予言集の書誌のまとめは従来の書誌研究を総括するもので、ノストラダムスの史的展開を概観する上でも有用なデータベースである。本論文は今後ノストラダムスを議論するうえでの基本的文献として位置づけられることだろう。本当におめでとうございます。
イギリス王室の予言 ― 2023/01/21 22:29
『発禁版「シン・都市伝説」大全 知ってはいけない! あのニュースの黒幕&陰謀スペシャル』一見ワンコイン本かと思ったら定価880円だった。昨今の円安の影響か、いろいろなものの物価が上昇しており、ワンコイン本にも価格転嫁の波が押し寄せたのか。表紙を見ると「ノストラダムス「2023年の大予言」とは?」というクレジットが見られる。19世紀のフランスのアルマナックにノストラダムスの名前をつけて枕詞付けしたのと同じようなものか。時代は変われど人の考えることはそう変わりはないのである。本のタイトル通り都市伝説のお話が次々と登場する。物事をいろいろな角度から見るという点では面白く読めた。198頁には「エリザベス女王の死去を的中させ「ノストラダムスの大予言」が復権」とある。そのなかでマリオ・レディングが2005年に発売した本で、「イギリスのエリザベス女王が2022年頃母親の生涯より5年短い96歳あたりで死去するだろう」と解釈した箇所がある。確かに昨年エリザベス女王が亡くなりチャールズ国王が王位を継承したということではレディングの解説は当たったといえる。しかし、ここの部分だけ見てノストラダムスの予言(レディングの解釈)の信憑性を取り戻したとはいえないだろう。2023年の予言として取り上げているのはやはり詩百篇4-100で断片的な引用を行っている。「7ヶ月の大きな戦争があり、悪魔の所業によって人々が死ぬ」「天からの炎が王宮に降り注ぐ」というのを英デイリースター紙などの複数の海外メディアが伝えているとしている。
エリザベス女王の逝去を予言したというマリオ・レディングの"Nostradamus The Complete Prophecies for the Future"未来への完全予言(2006)が手元にある。頁数は340頁。Google Booksで検索してみると、最初の版は1999年で244頁。次に2006年、その後2010年版は368頁、2016年版は444頁の拡張バージョン。2006年版を入手したのは2006年9月、価格は1773円で紀伊国屋のウェブサイトで購入したもの。購入した当時はそれほど精読した記憶もなく年代と予言が並んでいる目次を眺めた程度だったかもしれない。イギリス王室の予言を見て、当該箇所を確認してみた。
この本の構成は項目、日付、四行詩の原文と英訳、予言解釈とサマリーとなっている。2022年の項目には、「英国王位継承」と「イギリスのチャールズ三世の退位」とある。エリザベス女王の逝去した後にチャールズ国王が王位を継承するのは自然であるが退位するというのはどういうことだろうか。詩百篇6-72にはこうある。
神の感情の激しさを装って
偉大なる者の妻はひどく不当な扱いを受けるだろう。
裁判官はそのような教義を非難することを望む。
犠牲者は無知な民衆の生贄となる。
チャールズ皇太子とその妃であるカミラ・パーカー・ボウルズは、チャールズ皇太子の母であるエリザベス二世の死後、憲法上の危機に直面することになる。この危機を引き起こすのは、伝統的に君主を頂点とする英国国教会である。国から干渉されることなく、自分たちのことは自分たちでやりたいと考えるゼネラル・シノッド(総主教会)は、二人の市民結婚式に対する攻撃に基づいて危機を仕組むだろう。法的には、この攻撃は根拠がなく、判決はカップルに有利になるであろうが、プロレタリアートの力(すなわちメディアを通して)を使うことによって、ゼネラル・シノッドはその方法を得るであろう。関連する指標となる日付は、次の四行詩によって与えられる、2022年[10-22]であり、この予言は続く。(同書97頁)
そして次の詩百篇10-22はこう書かれている。
離婚を反対されたから
後に彼らがふさわしくないと考えた人物
民衆は島の王を追い出すだろう
王になることを予期していなかった男が王に取って代わるだろう
この四行詩は、イギリス国民にとって驚くことではなく、大きな意味を持つ。まず、2022年頃、エリザベス2世が母親の寿命を5年縮めて96歳で亡くなるということ。チャールズ皇太子がエリザベス女王に代わって戴冠し、「諸島の王」となり、母が治めていた世界の他の地域(カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなど)の王では無くなるということである。- その間に共和国となる。チャールズ皇太子は2022年に74歳で王位に就くが、ウェールズ王女のダイアナ妃との離婚後、英国国民の一部から恨まれていることは今も続いている。そのプレッシャーは非常に大きく、年齢的にも不利なため、チャールズは息子のために退位することに同意する。問題は、どのような人物かである。最後の行で、ノストラダムスは「王になることを予期していなかった男が王に取って代わるだろう」と非常に重要なことを述べているからである。つまり、父親の跡を継ぐと期待されていたウィリアム王子は、もはやその姿を現さないということか。そして、既定路線でハリー王子が代わりに王になるということなのだろうか。そうなると、ヘンリー9世は38歳という若さになってしまう。(同書99頁)
しかし、現実にはチャールズ国王が2022年に退位したという事実はなく、さらにハリー王子は2020年に王室メンバーから引退し、北米で生活するようになった。最近ではハリー王子の回顧録『SPARE』という暴露本が出版されベストセラーになっている。レディングが本を執筆した時点では予想もできないことが次々と起こり、上の解釈が現実になるとは考えづらい。
そもそも2022年の少し前の予言を見ると、2020年は「ローマ教会分裂後」、2021年は「フランス南部でのテロ事件」「島の誕生」「ハリー王子の父子関係」であり、当たったと思われるものは何もない。たまたまエリザベス女王の逝去の年が的中したのが話題になっただけ。2023年以降の予言に興味のある方はインターネットで簡単に入手できるが期待外れに終わるだろう。


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